第80話 湯けむりの夜、枕投げという名の『攻城戦』
第88階層『湯けむり温泉郷』。
昼間の過酷なPR撮影(地獄の温泉卓球など)を終え、ようやく夜が訪れた。 貸切の巨大旅館『ダンジョン楼』の大広間では、豪華な夕食会が開かれていた。
「さあディラン様! アーンしてください! アーン!」
「いや、ディランは余の注いだ酒を飲むのが先じゃ!」
「私の剥いたカニを食べてください!」
俺は上座で、妻たちによる『わんこそば』ならぬ『わんこフルコース』の波状攻撃を受けていた。 18歳の胃袋でも限界がある。
広間の隅では、ツアー客(という名の荷物持ち)であるレオンやイグニス、ハゲた元・国王たちが、すでに泥酔して『マヨネーズ音頭』を踊っている。 カオスだ。
「……ふぅ。そろそろ部屋に戻って休みたいんだが」
俺が逃亡を図ろうとしたその時、浴衣姿のセレスティアが立ち上がった。
「皆様、お食事の手を止めてください。……これより、ハネムーン恒例『夜のレクリエーション』を行います」
「レクリエーション?」
セレスティアが指を鳴らすと、エルフの秘書たちが大量の「白い物体」を運び込んできた。 それは、フカフカの『枕』だった。 ただし、素材はダンジョン産の『高反発スライム・コットン』を使用しており、衝撃吸収性は抜群だが、質量もそこそこある。
「修学旅行……いえ、新婚旅行の夜といえば『枕投げ』ですわ!」
セレスティアが不敵に笑う。
「ルールは簡単。最後まで立っていた者が、今夜のディラン様との『添い寝ポジション(真ん中)』を獲得できます。……チーム戦なし。全員敵のバトルロイヤルです!」
「「「!!!」」」
妻たちの目の色が変わった。 酔っ払っていたレオンたちも、殺気を感じて踊るのを止めた。
「……おい待て。このメンバーでそれをやるのは危険だ。建物が……」
俺の制止など誰も聞いていない。
「一番いい場所は……譲りません!」 アリシアが枕を掴む。その握力で、枕が悲鳴を上げている。
「ふふ、魔法禁止とは言われておらぬな?」 ヴェルザードの周囲に、枕が浮遊し始める(ファンネル)。
「弾道計算、完了。……必中です」 ソフィアが眼鏡をクイッと上げる。
「え~い♡」 ノエルはニコニコしながら、枕を二つ構えた(二刀流)。
「それでは……スタート!!」
ゴングが鳴った。
ドォォォォン!!
アリシアが投げた初弾が音速を超え、衝撃波と共に壁を粉砕した。
「ぎゃあああ!? 俺の酒がぁぁ!」 流れ弾を食らったイグニスが吹き飛ぶ。
「甘いな!」 ヴェルザードが操る『誘導枕』が、アリシアを襲う。 しかし、ノエルが笑顔でそれを素手で叩き落とす。
「ディランさんは……渡しません!」
ズバンッ! ドゴォォン!
飛び交う枕。 砕ける障子。 舞い散る羽毛。
それはもはや枕投げではない。 白い砲弾が飛び交う、死の戦場だ。
俺は【管理者権限・絶対防御】を展開し、部屋の隅で震えていた。
(……旅館の人、ごめんなさい。あとで修繕費を払います……)
「ディラン様! 危ない!」
アリシアが、俺を庇うように前に立った。 その隙を、ソフィアは見逃さなかった。
「隙あり」
ソフィアが投げた枕が、壁に反射してアリシアの後頭部を直撃。
「ぐふっ……! 無念……!」 アリシア、脱落。
「余のターンじゃ!」 ヴェルザードが一斉射撃を行うが、ノエルが「バブみシールド(謎のオーラ)」で全て無効化する。
「な、なぜ効かん!?」
「愛の重さが違うからですぅ~!」
ドスッ! ノエルのカウンター枕がヴェルザードの顔面にめり込む。 魔王、脱落。
残るはノエル、ソフィア、セレスティア。
「……ふふ。漁夫の利ですわ」
セレスティアが隠し持っていた『特大ロング枕』を構える。
「さあ、まとめて沈みなさ――」
その時だった。
「うおおお! 俺の寝る場所がねぇぇ!」
泥酔したレオンが、ふらふらと戦場に迷い込んできた。
「あ、レオンさん危ない!」
ノエルとソフィアとセレスティアが同時に投げた枕が、レオンに向かって集中砲火された。
ドガガガガッ!!
「ぐべぇぇぇぇ!!」
レオンは星になって飛んでいった。 だが、その衝撃で、旅館の大黒柱にヒビが入る。
メリメリメリ……。
「あ」
全員の動きが止まった。
ズドォォォォン!!
第88階層に、巨大な土煙が上がった。 ダンジョン楼の大広間(の天井)が、見事に崩落したのだ。
…… …………
数分後。
瓦礫と羽毛の山の中で、俺たちは折り重なって倒れていた。 奇跡的に(俺の結界のおかげで)怪我人はいない。
「……やってくれたな」
俺が天井のない夜空を見上げて呟くと、妻たちは泥だらけの顔を見合わせて、プッと吹き出した。
「あはは! やっちゃいましたね!」
「天井がない方が、星が綺麗に見えるのじゃ」
「……弁償額が怖いですわ」
誰からともなく笑い出し、結局、俺たちは瓦礫の上で、全員でくっついて寝ることになった。
「……おい。真ん中は誰だ?」
「今日は全員で仲良く雑魚寝です!」
星空の下、壊れた旅館の中心で。 最強の妻たちに囲まれ、遠くで伸びているレオンたちのいびきを聞きながら、俺はハネムーンの夜を過ごした。
これぞ、冒険者らしい(?)野営スタイルの初夜パート2だった。




