第76話 裏切りのキッズと、ヅラ舞う袋小路、そして自滅の扉
『残り時間あと10分! 逃走者ディランの体力は限界です! ハンター(花嫁候補)たちが包囲網を狭めています!』
街頭スクリーンから、セレスティアの煽るような実況が響き渡る。
俺は、路地裏を這うように逃げていた。 自慢の白タキシードは泥と煤で汚れ、18歳のイケメンフェイスも冷や汗で台無しだ。
「はぁ、はぁ……。あいつら、スタミナ無限か……?」
背後からは、壁を破壊しながら進むアリシアや、建物を飛び越えるノエルの気配が迫っている。 もはや、まともなルートでは逃げ切れない。
その時、路地の向こうから小さな影たちが現れた。
「あ! ディラン様だ!」
「こっちだよー! こっちに隠れ場所があるよー!」
それは、王都から移住してきた孤児院の子供たちだった。 普段、俺がオヤツをあげたり、遊んでやったりしている可愛い子供たちだ。
「お、お前たち……! 助けてくれるのか!」
俺は感動に震えた。 大人の男は金と酒で裏切ったが、やはり子供の純真な心だけは信じられる。
「頼む! 隠してくれ!」
俺が子供たちに駆け寄った、その瞬間だった。
ガシッ! ガシッ!
「……え?」
数人の子供たちが、俺の両足に抱きつき、全体重をかけて動きを封じたのだ。
「捕まえたー!」
「ノエル先生ー! 確保したよー!」
子供たちは満面の笑みで叫んだ。
「お、おい!? 何をしている!?」
「ごめんねディラン様!」
「セレスティア様が言ってたの! 『ディラン様を止めたら、一年分のお菓子食べ放題』だって!」
「プリンとお菓子には勝てないの!」
「き、貴様らぁぁぁ!! お菓子で魂を売ったのかぁぁぁ!!」
子供たちの純真さは、『欲望への忠実さ』でもあった。 俺は子供たちを引きずりながら、必死で足を動かした。
「ええい、離せ! 俺はお菓子じゃ買えない男なんだ!」
なんとか子供たちを振りほどき、大通りへ飛び出した俺を、次なる絶望が待っていた。
「逃しませんぞ、陛下ぁぁぁ!」
「我らの恩返しを受け取れぇぇぇ!」
目の前に立ちはだかったのは、黒服を着た集団――かつての王都の貴族たちだ。 彼らは一列に並び、強固な『人間の壁』を作っていた。
「どけ! 邪魔だ!」
「どきません! 陛下が結婚してくだされば、マヨネーズが安くなると聞いたのです!」
「我らの食生活のために、捕まってください!」
彼らは必死の形相で俺に飛びかかってきた。
「やめろ! 来るな!」
揉み合いになる。 その衝撃で、彼らが被っていた『安物のカツラ』が一斉に宙を舞った。
バサッ……バササッ……。
秋空に舞う、無数のヅラ。 そして、その下から現れる、太陽を反射して輝くバーコードとツルツルの頭皮たち。
「ああっ!? ワシの青春が!」
「目が! 反射で目が眩む!」
視界を埋め尽くすハゲの輝きと、舞い散る黒い毛髪。 そのあまりにもシュールで、あまりにも絶望的な光景に、俺の心が折れそうになった。
(……なんだこれ。俺は、こんなハゲ散らかした連中に囲まれて、何を必死になっているんだ……?)
一瞬、虚無感で足が止まりそうになる。 だが、それが狙いか!
「いかん! 負けてたまるか!」
俺は精神力を振り絞り、輝く頭皮のバリケードを強引に突破した。
『残り3分! ディラン選手、ハゲの壁を突破しました! しかし、もう逃げ道はありません!』
セレスティアの実況が焦りを誘う。
前方には行き止まり。 後方からはヒロインたち。
だが、俺には秘策があった。
(ここだ……! この奥には、俺だけが知る『管理者用通路』がある!)
俺は路地の突き当たりにある、目立たない鉄扉へと走った。 これはダンジョン設営時に俺が作った、最深部へと直通するメンテナンス用通路だ。 あそこへ逃げ込めば、誰にも見つからないシェルターへ行ける。
「はぁ、はぁ……。ここを開ければ、俺の勝ちだ!」
俺は震える手でノブを回し、勢いよく扉を開け放った。
「さらばだ、結婚生活!!」
俺は光の中へと飛び込んだ。
カッ!!
眩いスポットライトが、俺を直撃した。
「……え?」
薄暗い通路を想像していた俺の目に映ったのは、純白のクロスがかけられたテーブル、美しい花々、そして煌びやかなシャンデリアだった。
そこには、正装したレオンたち、ドレスアップしたリリスやルナ、そして輝く頭皮を拭いて整列した貴族たちが座っていた。
そして、正面のステージには、マイクを持ったセレスティアが立っていた。
『――ゴールインです!!』
ワァァァァァァァッ!!
割れんばかりの拍手と歓声。 ファンファーレが鳴り響き、紙吹雪が舞う。
俺が飛び込んだ場所。 そこはシェルターではなく、飾り付けが完了した『結婚披露宴会場』のど真ん中だった。
「よ、ようこそディラン様。……お待ちしておりましたわ」
セレスティアが妖艶に微笑む。
「ば、馬鹿な……。ここは管理者通路のはず……」
「ええ。ですから、あらかじめ空間魔法で『出口』をここに繋げておきましたの。……貴方様が追い詰められれば、必ずここを通ると計算して」
「……」
俺は膝から崩れ落ちた。 逃げていたつもりが、自らの足で、全力で、結婚式場のバージンロードへの近道を走っていたのだ。
「ディラン様ぁぁぁ♡」
「捕まえましたわぁぁぁ♡」
背後の扉から、ボロボロになりながらも満面の笑みを浮かべたアリシア、ノエル、ヴェルザード、ソフィアが雪崩れ込んでくる。
「チェックメイトです、旦那様」
セレスティアが俺の手を取り、立たせる。 白タキシードは泥だらけだが、ここは式場。 俺はもう、逃亡者ではなく『新郎』だった。
「……はは。……ははは」
俺は乾いた笑い声を上げた。 子供には裏切られ、ハゲには阻まれ、最後は自分の策で墓穴を掘った。 これほど完璧な敗北があるだろうか。
「……分かったよ。俺の負けだ」
俺は両手を上げた。
「結婚でも何でもしてやる! その代わり……ご祝儀は全部俺のものだからな!!」
最後の悪あがき(守銭奴発言)と共に、俺は4人(+1人)の美女たちに押し倒されるようにして、愛とカオスの結婚式へと引きずり込まれていった。
こうして、俺の長かった独身貴族時代は、盛大な拍手と爆笑の中で幕を閉じたのだった。




