第75話 白タキシードの逃亡者と、賭けられた貞操
王室御用達の高級テーラー。その試着室は、さながら処刑前の独房のようだった。
「さあディラン様! 次はこの『純白のフロックコート・金刺繍入り』をご試着ください! オプションで背中に天使の羽も付けられます!」
「えーい、離せアリシア! 羽はいらん! 俺は飛べん!」
俺は、数人の屈強な仕立て屋とアリシアに羽交い締めにされながら、次々とタキシードを着せ替え人形のように試されていた。
周囲では、ノエルが「まあ♡」、ヴェルザードが「ほう♡」、ソフィアが「ふむ♡」と、着替えるたびに黄色い(というか肉食獣のような)声を上げている。
レオンたち男性陣の裏切りにより、俺は完全に退路を断たれていた。 このままでは、されるがままに祭壇へ連行され、自由な独身生活に終止符が打たれてしまう。
(くそっ、どうする……? 管理権限で服を消滅させるか? いや、そんなことをしたら全裸で捕まるだけだ……)
冷や汗を流しながら、俺は必死に活路を探っていた。
その時だ。
仕立て屋が、最後の一着――目が眩むような光沢を放つ、最高級シルクの純白タキシードを俺に着せた瞬間だった。
18歳の最強イケメンボディに、完璧に仕立てられた白タキシード。 鏡に映った自分の姿は、悔しいが『絵になる』なんてものではなかった。
「「「ぐふっ……!!」」」
刺激が強すぎた。 アリシアが鼻血を噴出して卒倒し、ノエルが尊さのあまり拝み始め、ソフィアが眼鏡を割ってフリーズした。 ヴェルザードですら、一瞬だけ頬を染めて目を逸らした。
今だ。
この一瞬の『好き』を見逃す俺ではない。
「じゃあな、みんな! 式は延期だ!」
俺は【身体強化(小)】を発動。 目にも留まらぬ速さで試着室の窓を蹴破り、外へと飛び出した。
パリンッ!
「――ッ!? ディラン様!?」
「逃げたぞ! 追えぇぇぇ!」
背後で、美女たちの怒号と悲鳴が上がる。 俺は振り返らず、ダンジョン都市の大通りを全力疾走した。
……
…………
ダンジョン都市の中央通り。
かつて王都から移住してきた人々で賑わう街中に、奇妙な旋風が巻き起こった。
「どいてくれ! 通るぞ!」
先頭を走るのは、目も眩むような白タキシードを着た超絶イケメン(俺)だ。 必死の形相で、屋台を飛び越え、壁を走り、パルクールのように街を駆け抜ける。
そして、その背後から迫るのは――
「お待ちなさいディラン様ぁぁぁ! 地の果てまで追いかけますわぁぁぁ!」
ウェディングドレス(試着中)のまま、聖剣を振り回して突進してくるアリシア(筋力S)。
「逃しませんよぉ……♡ 一生一緒の檻に入れちゃうんですからぁ……♡」
黒いエプロンドレス姿で、笑顔のまま重力を無視した跳躍を見せるノエル(聖母の圧S)。
「ええい、ちょこまかと! 魔王の嫁になる覚悟を決めんか!」
カジノのバニーガール姿(たまたま着替えていた)で、空中から魔法弾の雨を降らせるヴェルザード(魔力S)。
「サンプル確保……! 逃走データも貴重な研究材料じゃ……!」
小型ゴーレムに乗って、眼鏡を光らせながら追跡するソフィア(知力S)。
それは、ハリウッド映画のカーチェイスよりもド派手で、どんなホラー映画よりも恐ろしい「鬼ごっこ」だった。 街の人々は、突然始まったこのカオスなパレードに呆然と道を空ける。
だが、俺は気づいていなかった。 この逃走劇すらも、ある女の掌の上だということに。
街頭に設置された巨大な魔導スクリーンが、突然切り替わった。
映し出されたのは、優雅にワイングラスを傾けるセレスティアの姿だった。
『――市民の皆様、ごきげんよう。緊急特番のお時間です』
彼女の声が、街中に響き渡る。
『ただいま、当国の国王ディラン陛下が、マリッジブルーにより愛の逃避行を開始されました。……そこで!』
セレスティアが、ニヤリと笑った。
『急遽、「第一回・チキチキ猛レース! 花婿を捕まえるのは誰だ!?」を開催いたします!』
「はぁ!?」
走りながら、俺はスクリーンを見上げて絶叫した。
画面には、俺とヒロインたちの現在の位置がマップで表示され、さらに『オッズ表』まで出ていた。
【現在のオッズ】 ・本命:アリシア(フィジカルで圧倒)……2.5倍 ・対抗:ヴェルザード(空からの捕獲)……3.0倍 ・大穴:ノエル(精神的な罠で捕獲)……5.0倍 ・番外:ディランが逃げ切る(※奇跡)……100倍
『さあ、賭けなさい! 貴方の全財産を! 実況は私、セレスティアがお送りします! おっと、ディラン選手、裏路地へ逃げ込んだ! これはアリシア選手には不利か!?』
「うおおおお! 俺はアリシア様に賭けたぞ!」
「いけーヴェルザード様! 俺の給料全部突っ込んだんだ!」
「ディラン様逃げてぇぇ! 100倍の夢を見せてぇぇ!」
街中が熱狂の渦に包まれた。 レオンたち男性陣も、いつの間にか道端で酒を飲みながら、
「俺はノエル様に賭けるぜ」
「いや、やはり筋肉のアリシアだろ」
と賭博に参加している。
「お、お前らぁぁぁ!! 俺の必死の逃亡を、エンタメにするなぁぁぁ!!」
俺の悲痛な叫びは、熱狂する観衆の声にかき消された。
白タキシードの裾を翻し、俺は走る。 背後からは、世界最強クラスの美女たちが、愛と欲望の炎を燃やして迫ってくる。 そして頭上からは、セレスティアの実況と、チャリンチャリンとコインが賭けられる音が聞こえてくる。
もはや逃げ場はない。 このカオスな街全体が、俺を捕まえるための巨大な『カジノ』であり『式場』となっていたのだ。
(畜生……! こうなったら、意地でも逃げ切って100倍のオッズを出してやる……!)
俺はヤケクソになり、【身体強化】の出力をさらに上げた。 王都を舞台にした、史上最大の『愛の鬼ごっこ』は、まだ始まったばかりだった。




