第74話 男たちの挽歌、あるいは高級酒に沈んだ友情
執務室は修羅場だった。
「サインを!」
「式場を!」
「初夜の権利を!」
美女たちの包囲網は狭まり、俺の精神力は限界を迎えていた。
(もうダメだ……。年貢の納め時か……)
そう諦めかけた、その時だった。
ドォォォォン!!
轟音と共に、執務室の窓ガラスが粉砕された。
「総員、突入!!」
「ターゲット確保! 緊急離脱だ!」
砂煙の中から現れたのは、レオン、イグニス、ザイン、そしてガリバーの「男衆」だった。
彼らはヒロインたちが怯んだ一瞬の隙に俺を抱え上げ、窓から飛び降りた。
「ディラン、無事か!?」
「お、お前たち……助けに来てくれたのか!?」
俺は感動に震えた。
やはり最後に頼れるのは、同じ釜の飯を食った男の友情だ。
「当たり前だろ! あんな魔境に親友を置いていけるかよ!」
レオンがニカっと笑い、俺たちは路地裏へと姿を消した。
……
…………
場所は変わって、ダンジョン国の裏通りにある会員制のバー。
紫煙が燻る薄暗い店内で、俺たちはグラスを傾けていた。
「いやぁ、助かったよ。本当にありがとう」
俺は安堵のため息をつき、氷の入ったコーラを喉に流し込んだ。
今の俺は18歳の肉体だが、中身は45歳。
痛風や糖尿を気にする習性が抜けず、酒ではなくゼロカロリーのコーラを選んでしまうのが悲しい性だ。
一方、レオンたちは、やけに豪勢なボトルを開けていた。
芳醇な香りが漂う琥珀色の液体。
「気にすんなって。……さあ、飲もうぜディラン。今夜は朝まで語り明かそう」
レオンが上機嫌でグラスを掲げる。
イグニスも、ザインも、ガリバーも、どこか浮ついた様子で酒を煽っている。
「で、どうするんだディラン。……本当に結婚から逃げ切れると思ってるのか?」
レオンが、ふと真面目な顔で切り出した。
「当たり前だ。俺は自由を愛する男だぞ? それに、あいつらの勢いに流されたまま結婚なんてしたら、一生尻に敷かれる」
俺が力説すると、男たちは顔を見合わせ、重苦しい沈黙が流れた。
そして、イグニスが重い口を開いた。
「……なぁディラン。ここは一つ、男らしく『覚悟』を決めるべきじゃないか?」
「は?」
「いや、考えてもみろ。あの方々は美女揃いだ。それに最強だ。お前が逃げ回れば逃げ回るほど、被害を受けるのは俺たちなんだぞ?」
「そ、そうですよ」
ガリバーも眼鏡を直しながら続く。
「セレスティア様の経済制裁、ノエル様の精神攻撃、ヴェルザード様の物理破壊……。これ以上、国が持ちません。ここは貴方様が人柱となって……いえ、大黒柱となって国を支えるべきでは?」
「……おい。お前ら、何を言っている?」
雲行きが怪しい。
さっきまで「助けに来た」と言っていた連中が、なぜか『結婚を推奨』し始めている。
「ディラン」
ザインが、俺の肩に手を置いた。
「諦めましょう。……土壇場での心変わりは、男の恥です」
「心変わりも何も、俺は最初から拒否してるんだよ!」
俺は立ち上がろうとした。
「帰る! お前ら、なんか変だぞ!」
だが、俺の体は動かなかった。
左右からイグニスとレオンが、ガッチリと俺の腕を掴んで押さえ込んだのだ。
「……悪いな、ディラン」
レオンが、申し訳なさそうに、しかし強く俺を拘束する。
「離せ! おい、どういうことだ!?」
俺の視線が、テーブルの上の『空になったボトル』に釘付けになった。
そのラベルには、金色の文字でこう書かれていた。
『最高級古酒・ドラゴンスレイヤー ~年代物~』 『提供:セレスティア・ブライダル』 『備考:ディラン確保の報酬として』
「……あ」
俺は全てを悟った。
こいつら、俺を助けに来たんじゃない。
ヒロインたちから、「逃げ出したディランを確保し、説得(洗脳)して連れ戻せば、一生分の最高級酒をやる」と買収されていたのだ。
「き、貴様らぁぁぁ!! 魂を売ったのか!?」
「許せディラン……!」
イグニスが涙目で叫ぶ。
「サウナ上がりのこの一杯だけは……このヴィンテージだけは、俺の給料じゃ買えなかったんだ!」
「俺だって嫌だったさ!」
レオンも顔を背ける。
「でもな、ヴェルザード様が言ったんだ。『協力すれば、カジノの借金をチャラにしてやる』って……!」
「私は……研究費を3倍にすると……」(ガリバー)
「私は……ノエル様に『軽蔑します』と言われるのが怖くて……」(ザイン)
全員、完全に買収されていた。
しかも、俺をこのバーに連れ込んだのは、逃げ場をなくして確実にヒロインたちに引き渡すための「時間稼ぎ」だったのだ。
「う、裏切り者ぉぉぉ!! 男の友情はどこへ行ったんだぁぁぁ!!」
「友情はある! あるからこそ、お前の幸せ(結婚)を願っているんだ!」
「嘘をつけ! 目が欲望に濁ってるぞ!」
その時。
カランカラン……。
バーの扉が、静かに開いた。
逆光の中に立っていたのは、ウェディングドレス(試着中)のアリシアと、不敵な笑みを浮かべたセレスティアだった。
「あらあら。……確保ご苦労様です、男性陣の皆様」
セレスティアが、追加の酒樽をドンと置いた。
「約束の報酬ですわ。……さあ、旦那様を引き渡していただきましょうか」
「はい! どうぞ!」
レオンたちは、俺を供物のように差し出した。
「ディラン様……♡」
アリシアが、うっとりとした目で俺を見下ろす。
「もう逃げられませんよ? ……男の方々公認の仲、ということですね!」
「ちが……う……!」
俺はレオンたちを睨みつけた。
彼らは「すまん」
「これもあいつらが怖すぎるせいだ」
「幸せになれよ」
という目で、俺に合掌していた。
「……お、覚えてろよお前らぁぁぁ!!」
俺の絶叫は、バーの天井に虚しく吸い込まれていった。
最強の力を持っても、金と酒と女の結託には勝てない。 こうして俺は、信頼していた部下たちの手によって、華麗に『ハーレムルート』へと売り飛ばされたのだった。
万事休す。 俺の前途は、甘く、激しく、そして多難である。




