第72話 マヨネーズで売られた法律と、分厚い情報誌の圧
「……待て。落ち着け。みんな、ステイだ」
執務室のソファ。
俺は、詰め寄ってくる美女軍団――アリシア、ノエル、ヴェルザード、ソフィア――を前に、必死にバリケード(クッション)を築いていた。
俺の身体が18歳のイケメンに進化してから数日。
彼女たちの求婚攻撃は、日に日に激しさを増していた。
だが、俺には最後の切り札があった。
「いいか、よく聞け。……この国、および周辺諸国の法律では『重婚』は禁止されている!」
俺はビシッと指を立てた。
「一夫一妻制だ。これが文明社会のルールだ。だから、仮に結婚するとしても一人しか選べない。……そして俺は、誰か一人を選んで他を泣かせるなんてことはできない! だから結婚はなしだ! 現状維持!」
完璧な論理だ。
倫理と法律を盾にした、大人の逃げ口上。
これで少しは頭を冷やすだろう。
そう思った俺が甘かった。
「……ふふ」
「……あはは」
彼女たちは顔を見合わせ、不敵に笑ったのだ。
「甘いです、ディラン様。……貴方様がそうおっしゃると思って、すでに『手』は打っておきました」
アリシアが懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに叩きつけた。
バンッ!!
そこには、王国の玉璽が押された、正式な『法改正令』があった。
『特別条項:ダンジョン国国王ディラン・アークライト氏に限り、配偶者の人数制限を撤廃する。好きなだけ娶ってよし』
「……は?」
俺は目を疑った。
署名欄には、震える文字で国王のサインがある。
「な、なんだこれは!? あのハゲ親父、ついに狂ったか!?」
「交渉の結果ですよ」
ノエルがニコニコと笑いながら補足する。
「国王様に言ったんです。『この法律を通してくれないと、明日からポテトチップスとマヨネーズの輸出を止めます。あと、アイドルの握手会も出禁にします』って」
「そしたら、泣きながらサインしました。『マヨネーズがないと死ぬ! 法律なんぞくれてやる!』だそうです」
「……あ、あの売国奴ぉぉぉぉ!!」
俺は頭を抱えた。
国の根幹たる婚姻法が、ジャンクフードとアイドルの握手券ごときに敗北したのだ。
あのバーコード親父、あとで絶対にシメる。
「というわけで、ディラン。法律の壁はなくなったぞ」
ヴェルザードが勝利の笑みを浮かべ、ドサリと音を立てて『何か』を置いた。
それは、レンガのように分厚い本だった。
表紙にはピンク色の文字で『ZEQSY~異世界・ハーレム婚特別号~』と書かれている。
「さあ、選べ。式場はどこがいい?」
「余のオススメはここじゃ。『天空のチャペル』。……オプションで、新郎新婦の入場時にドラゴンを飛ばせるらしいぞ」
「私はここがいいです! 『森のガーデンウェディング』! 参列者にクマさんやスライムさんも呼べますよ!」
「食事はここじゃな。『肉料理専門・披露宴会場』。ケーキの代わりに巨大な肉塊に入刀できるそうじゃ」
彼女たちは俺の意見など聞かず、楽しそうにページをめくり始めた。
さらに、アリシアが大量のパンフレットを俺の膝に乗せる。
「衣装も決めなくては! ディラン様、タキシードは白になさいますか? それとも黒? ……ふふ、お色直しは5回くらいしましょうね!」
「ま、待て! 早い! 話が早い!」
俺は叫んだ。
「俺はまだ心の準備が! それに、俺は自由を愛する男なんだ! 独身貴族だぞ!? 一人の時間を愛する孤独なウルフなんだよ!」
「あら、ご安心ください」
ノエルが俺の腕に抱きつき、逃げ道を塞ぐ。
「結婚しても、一人の時間はあげませんから♡ 毎日毎晩、私たちが交代で……いえ、全員で『お世話』しますので、寂しい思いはさせません!」
「それが一番怖いんだよ!!」
「ディラン、諦めろ」
ソフィアが冷静に眼鏡を押し上げた。
「お主の遺伝子は、もはや国家的……いや、世界的資産なんじゃ。独り占めも、放置も許されん。……観念して、種を蒔け」
「言い方! 大賢者ならもっとオブラートに包め!」
逃げようと立ち上がった俺を、アリシア(筋力S)とヴェルザード(魔力S)がガッチリとホールドする。
「さあ、まずはこの『婚姻届(5枚セット)』にサインを!」
「拒否権はないぞ、旦那様♡」
「いやだぁぁぁ! 俺の独身生活ぅぅぅ! 俺の静かな夜ぅぅぅ!」
執務室に、18歳の最強イケメン(中身45歳)の断末魔が響き渡る。
かつて帝国軍すら撃退した俺だが、この『ピンク色の分厚い情報誌』と『法改正された羊皮紙』の前には、あまりにも無力だった。
俺の『独身貴族」という称号は、マヨネーズにまみれた法律の彼方へと消え去ろうとしていた。
……誰か、助けてくれ。 できれば、結婚願望のない敵とかが攻めてきてくれないだろうか。
そう願う俺の視界には、幸せそうに式場を選ぶ4人の美女と、なぜか自分の分のお子様ランチメニューを選んでいるルナの姿だけが映っていた。




