第66話 鉄壁の聖騎士と、重すぎる愛の弁当
「ディラン様! 準備はよろしいですか! 本日の護衛任務、このアリシアが命に代えても遂行いたします!」
ある晴れた休日の朝。
ダンジョンの入り口で、俺は眩しいものを見るように目を細めた。
そこに立っていたのは、我がパーティのメイン盾、聖騎士アリシアだ。
だが、今日の彼女はいつもの全身を覆う重厚なフルプレートアーマーではない。
白銀に輝くミスリル素材で作られた、防御面積が極端に少ない『軽装鎧』――いわゆる、ビキニアーマー姿だった。
鍛え上げられた腹筋と、豊満な肢体が惜しげもなく晒されている。
「……おい、アリシア。なんだその格好は。防御力はどうした?」
俺が尋ねると、アリシアはカァッと頬を赤らめ、モジモジしながら答えた。
「そ、その……店員が言っていたのです。『デート……いえ、お忍びの護衛任務には、機動性を重視したこの装備が最新のトレンドです』と。……へ、変でしょうか?」
「いや、似合ってはいるが……目のやり場に困るな」
「本当ですか!? ディラン様に見ていただけるなら、恥ずかしさを堪えた甲斐がありました!」
アリシアはパァッと顔を輝かせた。
どうやら、俺の気を引くために、あの堅物が相当な無理をしたらしい。
「よし、行くか。場所は第45階層『水晶の迷宮』だ」
「はい! お供します!」
今回の名目は「新種の鉱石採取の護衛」。
だが、実質的には二人きりのデートだ。
『水晶の迷宮』は、壁も床もすべて水晶でできた美しい階層で、淡い光が乱反射するロマンチックな(そしてカップルに人気の)スポットでもある。
俺たちは水晶の回廊を並んで歩いた。
アリシアは常に周囲を警戒しているが、その距離が近い。
肩が触れ合う……というか、彼女の柔らかな腕が俺の腕にガッチリとロックされている。
「……アリシア、歩きにくくないか?」
「いえ! これが最適な護衛ポジションです! 何があっても即座に庇えますから!」
その時だった。
通路の陰から、プルプルと震える青い物体が現れた。
この階層の最弱モンスター、『クリスタル・スライム』だ。
「キキュ?」
スライムが愛らしく首を傾げた、その瞬間。
「き、貴様ぁぁぁ!! ディラン様に何をする気だぁぁぁ!!」
アリシアが鬼の形相で絶叫した。
彼女は俺を背後に突き飛ばすと、聖剣を高々と掲げた。
「我が愛の前では塵となれ! 聖騎士奥義――『グランド・クロス(十字砲火)』!!」
ドゴォォォォォン!!
閃光が走り、轟音が迷宮を揺るがした。
スライムごときに、魔王級の敵を葬るための最大火力が炸裂する。
煙が晴れた後には、跡形もなく消滅したスライムと、抉り取られた床、そして肩で息をするアリシアが残っていた。
「はぁ、はぁ……。ご無事ですか、ディラン様! 間一髪でした!」
「……ああ。スライムがな」
俺は苦笑した。
過剰防衛にも程がある。
だが、彼女の瞳は真剣そのものだ。
「申し訳ありません。ディラン様があまりに強すぎるので……私の出番がないのではないかと焦ってしまって。でも、雑魚掃除くらいは私に任せてください!」
「分かった、分かったよ。頼りにしてる」
俺が頭をポンポンと撫でると、アリシアは「ふあぁ……♡」ととろけた顔になり、その場にへたり込んだ。
「では、少し休憩にしましょう。……その、お昼を作ってきたのです」
アリシアは亜空間収納から、風呂敷に包まれた『何か』を取り出した。
ズズズンッ。
重い音がして、水晶の床にヒビが入る。
それは、弁当箱というよりは『御節料理の重箱(五段重ね)』だった。
「……でかくないか?」
「スタミナをつけるには量が必要です! さあ、どうぞ!」
蓋を開けると、中にはギッシリと詰め込まれた肉料理、卵焼き、そしてハート型にカットされた野菜たちが並んでいた。
見た目は綺麗だ。味も、以前食べた時は美味かったはずだ。
問題は、量が相撲部屋の朝食並みであることだけだ。
「さあ、ディラン様。『あーん』をしますね」
アリシアがフォークにミートボールを突き刺し、俺の口元に運んでくる。
だが、彼女の手はガタガタと震えていた。
「あ、あーん……」
「お、おい、震えてるぞ」
「き、緊張して……距離感が……えいっ!」
グサッ。
「ふぐっ!?」
ミートボールが俺の唇をかすめ、鼻の穴の横に突き刺さった。
「ひいいっ! も、申し訳ありません! 大切な御尊顔に傷を!」
「いいから! 自分で食うから!」
パニックになるアリシアをなだめつつ、俺たちは並んで弁当を食べた。
味は抜群だった。
不器用な彼女が、早起きして一生懸命作ったことが伝わってくる、優しい味だ。
食べ終わる頃には、二人の間に穏やかな空気が流れていた。
アリシアが、膝の上で手を組み、ポツリと言った。
「……先日のディラン様の戦いを見て、私は自分の無力さを知りました」
「アリシア?」
「貴方様は、私などいなくても一人で戦える。……でも、それでも私は、貴方様の『盾』でありたいのです」
彼女は真剣な眼差しで俺を見つめた。
「背中を預けてもらえるように。そしていつか、貴方様が疲れた時に、安心して眠れる場所を作れるように。……私は、もっと強くなります」
その言葉には、聖騎士としての誇りと、一人の女性としての深い愛情が込められていた。
不器用で、加減を知らなくて、ちょっと重い。
けれど、その真っ直ぐさは誰よりも美しい。
俺は彼女の肩を引き寄せた。
「十分だ。お前がいてくれるだけで、俺は背中を気にせず前に進める」
「ディラン様……!」
アリシアの目が潤み、感極まったように俺に抱きついた。
ガシャンッ!
「ぐえっ……」
ビキニアーマーの硬い金属部分が俺の脇腹にめり込み、彼女の鍛え抜かれた腕力が俺の肋骨を締め上げる。
(……物理的に重い! 痛い!)
「一生、お守りします! 私のこの身(と筋肉)に代えても!」
「あ、ああ……頼むから、力を緩めてくれ……!」
水晶の迷宮に、俺の悲鳴と、彼女の愛の告白が木霊した。
こうして、第一のデート『アリシア編』は、スライムへのオーバーキルと、俺の肋骨の危機という、実に彼女らしい形で幕を閉じた。
けれど、帰り道に手を繋いだ彼女の横顔は、いつもの厳しい騎士の顔ではなく、恋する乙女の幸せそうな笑顔だった。




