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第65話 王の『お散歩』と、戦慄する深層

 それは、平和な午後のことだった。


 ディランは、広場で遊ぶ子供たち――王都から移住してきた孤児たち――を眺めながら、ベンチで休憩していた。


「見て見てー! レオン様の剣の真似ー! ズババンッ!」

  「私はアリシア様よ! 鉄壁の守り!」

「僕はイグニス様だ! 燃えろー!」


 子供たちは、先日帝国軍を撃退した男たちや、普段ダンジョンを守るヒロインたちの真似をして遊んでいる。 微笑ましい光景だ。 俺たちが作った国で、彼らは英雄に憧れ、健やかに育っている。


 その時、一人の少年が俺の足元にやってきた。


「ねえ、ディラン様」


「ん? どうした?」


 少年は純粋な瞳で、首を傾げて言った。


「ディラン様は、誰の真似をするの?」


「……え?」


「だって、レオン様は剣が凄くて、ソフィア様は魔法が凄くて、ノエル様は歌が上手でしょ? でも、ディラン様が戦ってるところ、見たことないよ?」


 グサッ。 見えない矢が俺の胸に刺さった。


「そ、それはだな……俺はみんなを指揮したり、お金を管理したり……」


「ふーん。じゃあ、ディラン様は『戦わない人』なんだね!」


「……」


「やっぱりレオン様が一番強いんだね! かっこいいー!」


 少年は無邪気に笑って走り去っていった。 悪気はない。悪気がないからこそ、その言葉は真実として俺の心を抉った。


(……戦わない人) (……レオンが一番)


 俺は立ち上がった。 背後で、俺の護衛をしていたルナが、気まずそうに目を逸らす。


「ご、ご主人様……子供の言うことだから……気にしちゃダメなの……」


「ルナ」


「は、はい!」


「俺はこれから、ちょっと『散歩』に行ってくる」


「お散歩? どこへ?」


 俺はダンジョンの入り口――まだ誰も到達していない、未踏の深淵を指差した。


「『最深部』だ。……体が鈍っちまったからな。少しほぐしてくる」


 ……


 …………


 ダンジョン深層・第90階層。


 ここは、Sランク冒険者であるレオンやソフィアですら、「準備なしでは死ぬ」と警戒する魔境だ。 徘徊するのは、神話級の魔獣や、古代の兵器たち。


 しかし今、その魔境を、ポケットに手を突っ込んだ男が一人、鼻歌交じりで歩いていた。


「さて。久々の実戦だな」


 俺の目の前に、体長30メートルはある『エンシェント・ドラゴン』が現れた。 その全身は鋼鉄よりも硬い鱗で覆われ、口からは万物を溶かすブレスを吐く、階層のボスだ。


『GRUAAAAAAA!!』


 ドラゴンが咆哮し、俺に向かって極大の火球を吐き出した。 イグニスの炎すら凌駕しかねない熱量。直撃すれば、城一つが消し飛ぶ威力だ。


「……遅い」


 俺は一歩も動かなかった。 ただ、目の前に『手』をかざしただけだ。


 固有スキル【管理者権限アドミニストレータ】発動。 対象座標のエネルギー係数を書き換え――『無効化デリート』。


 シュンッ。


 迫り来る極大ブレスが、俺に触れる直前で、まるで最初から存在しなかったかのように消失した。


『!?』


 ドラゴンの目に驚愕の色が浮かぶ。 俺はため息をつき、足元に落ちていた「手頃な石」を拾った。


「悪いな。今の俺は、ちょっと機嫌が悪いんだ」


 俺は石を指で弾いた。 ただの石投げではない。 攻撃力倍率・固定ダメージ付与・必中属性・貫通属性――全ての『チート設定』を乗せた、デバッグ用の一撃。


「【投擲(石)】」


 パァァァァァンッ!!


 乾いた破裂音と共に、石は赤い光となって空間を裂いた。 ドラゴンの硬質な鱗も、防御魔法も、巨体そのものも、紙屑のように貫通する。


 ドォォォォォォォン!!


 ドラゴンの上半身が消し飛んだ。 血飛沫すら上がらない。あまりの威力と速度に、肉体が衝撃波で霧散したのだ。


「……ふむ。やっぱり『石』が一番手っ取り早いな」


 俺は手を払った。 剣も魔法もいらない。 このダンジョンにおいて、俺は『プレイヤー』ではない。『運営カミサマ』なのだから。


 その後も、俺の『お散歩』は続いた。


 襲いかかる死神の群れを【範囲選択】→【消去】で一掃し。 迷宮の複雑なトラップを【地形編集】で直線の廊下に変え。 封印されていた魔王級の怪物を、デコピン一発で壁のシミに変えた。


 ストレス解消。 デスクワークで溜まった鬱憤を、圧倒的な暴力で晴らす。 それは実に爽快な時間だった。


 ……


 …………


 数時間後。


 ダンジョンの入り口で、ヒロインたちやレオンたちが騒いでいた。


「おい! ディランが一人で深層に行ったってマジか!?」

  「ルナ! なぜ止めなかったのじゃ!」

「だってぇ……ご主人様、目がマジだったもん……」


 レオンやソフィアが装備を整え、救出に向かおうとしたその時。


 ズズズズズ……。


 地響きと共に、ダンジョンの入り口から『何か』を引きずる音が聞こえた。


「よっと。……ただいま」


 帰ってきたのは、服に汚れ一つない俺だった。 そして、俺が片手で引きずっていたのは――。


「な、なんだあれは!?」


 レオンが目を剥いた。


 それは、第100階層に眠ると言われていた伝説の金属『オリハルコン』の巨大な原石(10トン)と、その上に乗せられた『深淵の魔神』の生首(お土産)だった。


「ちょ、ちょっと散歩ついでにな。……いい運動になったよ」


 俺は原石を広場にドスンと置いた。


「ガリバー、これ素材にしていいぞ。あと、この生首は魔除けになるらしいから、玄関に飾っておいてくれ」


「……」


 全員が沈黙した。 レオンが持っていた剣を取り落とし、イグニスが口を開けて固まり、ソフィアが眼鏡を割った。


「あ、ありえん……。第100階層は、我らSランクパーティでも到達不可能と言われていた領域……。それを、たった数時間で……単独で……?」


「しかも、無傷……いや、汗ひとつかいていない……」


 アリシアが震える声で呟く。


 俺は、先ほどの少年を見つけて手招きした。


「よう、坊主」


「あ、ディラン様……?」


「これ、やるよ」


 俺はポケットから、道中で拾った『竜王の牙』を放ってやった。 一本で城が買えるほどの国宝級アイテムだ。


「え、なにこれ? すごい魔力がする!」


「ただの牙だ。……ま、レオンには負けるかもしれんが、俺もそこそこ『やれる』ってことだ」


 俺はニカっと笑い、執務室へと戻っていった。


 背後で、少年と住民たちの驚愕の叫び声が上がる。 そして、レオンやソフィアたちが「俺たちも負けてられねぇ!」「特訓じゃ!」とダンジョンに駆け込んでいく音が聞こえた。


 やはり、王たるもの、たまにはこうして『格』を見せつけてやらんとな。 俺は久々にスッキリした気分で、溜まっていた書類仕事に向かうのだった。


 ただし、翌日から子供たちの『ごっこ遊び』に、『石を投げてすべてを消滅させる魔王ディラン役』という、最強すぎる配役が追加されたのは、計算外だったが。

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