第64話 帝国の進撃と、男たちの『静かなる残業』
その日の正午。
王都(現・ダンジョン国介護施設支部)の上空には、快晴の青空が広がっていた。
しかし、その平和は一瞬で破られた。
「敵襲ーッ! 国境付近より、帝国軍の大部隊が接近中!」
王城の司令室に、警報が鳴り響く。
モニターには、隣の大国『ガレリア帝国』の精鋭騎士団と、巨大な魔導兵器の群れが映し出されていた。
「来たか……。王国の没落を嗅ぎつけて、ハイエナどもが動き出したな」
俺はコーヒーを飲みながら、冷静に呟いた。
「どうしますか、ディラン様。……現在、主戦力である女性陣は全滅です」
参謀のガリバーが、困ったように報告する。
昨夜の『悪夢退治』と『心霊浄化』で魔力を使い果たしたリリス、ルナ、そして付き合わされたアリシアやソフィア、ヴェルザードたちは、現在泥のように眠っていた。
「起こしますか? 機嫌は最悪でしょうが」
「いや、やめておけ。寝不足のヒロインたちを戦場に出したら、帝国軍だけでなく王都ごと消し飛ばされかねない」
俺は首を振った。
それに、たまにはあいつらにも花を持たせてやらんと、男としての面子が立たないだろう。
俺は通信機を取り出し、王都の『裏方』に徹している男たちを呼び出した。
「……おい、暇か? 少し『運動』の時間だ」
……
…………
王都郊外、平原。
帝国軍の将軍は、勝利を確信していた。
「ふはは! 見ろ、あの無防備な王都を! ハゲた老人と、出稼ぎの介護士しかいないそうだ! 一揉みで潰してくれる!」
数万の軍勢が、地響きを立てて進軍する。
彼らの目の前には、遮る城壁も、迎撃する魔法部隊もない。
あるのは、たった三人の男たちが立っているだけだった。
一人は、退屈そうに欠伸をして剣を肩に担いだ金髪の男。
一人は、腕組みをして仁王立ちする、燃えるような赤髪の巨漢。
そして一人は、影のように佇む、目つきの鋭い男。
「なんだあれは? 命知らずの農民か? ……構わん、轢き殺せ!」
将軍の号令で、重装騎兵団が突撃を開始した。
その時。
「……はぁ。やっと剣が振れるぜ。最近、ツルハシしか握ってなかったからな」
レオンが、楽しそうに笑った。
彼が担いでいた剣を、無造作に横に薙ぐ。
ヒュンッ。
ただそれだけの動作だった。
しかし、次の瞬間。
ズガガガガガガッ!!
突撃してきた騎兵団の先頭集団、数百人の鎧が、そして武器が、一斉に『上下真っ二つ』に両断された。
「な……ッ!?」
「手加減しといたぞ。鎧だけ斬ったからな。……パンツ一丁で風邪ひくなよ?」
レオンはニカっと笑う。
Sランク冒険者・剣聖レオン。
土木作業で鍛えられた彼の剣速は、今や音速を超え、衝撃波だけで鋼鉄を切断する域に達していた。
「ば、馬鹿な! たった一振りで数百人を無力化だと!?」
「怯むな! 魔法部隊、撃て! あの巨漢を狙え!」
帝国軍の後方から、無数の火球や雷撃が放たれる。
標的となったイグニスは、避けようともしなかった。
「……ぬるい」
彼は鼻を鳴らし、大きく息を吸い込んだ。
「俺は毎日、サウナで『地獄の熱波』を管理している男だぞ? こんなマッチの火ごときで……!」
フゥゥゥゥゥーーーッ!!
イグニスが息を吹き返した瞬間、放たれた魔法がかき消され、逆に帝国軍に向かって「超高温の熱風」が巻き起こった。
「ぐわぁぁぁ! あ、熱い! 鎧が溶けるぅぅ!」
「兵器が! 魔導兵器がオーバーヒートして爆発するぞぉぉ!」
炎将軍イグニス。
彼の火炎魔法は、日々のサウナ管理(温度調整)によって精密かつ極大化しており、今や「軍隊を丸ごとサウナに入れる」ことなど造作もなかった。
「ひ、退け! こいつら化け物だ!」
パニックに陥る帝国軍。
逃げようと背を向けたその時、彼らの足元が光った。
「……逃がしませんよ。ここは『駐停車禁止区域』です」
冷徹な声が響く。
いつの間にか、戦場全域に目に見えない「魔法の糸」が張り巡らされていた。
ザインだ。
「な、なんだこれ!? 動けない!?」
「速度超過および、不法侵入。……全員、確保します」
ザインが指を一本動かすだけで、糸が締まり、数万の兵士たちが芋虫のように縛り上げられ、転がされた。
元・斥候にして現・自警団長ザイン。
ダンジョン国の治安を守る彼の拘束術は、神速かつ絶対。逃げられる者など存在しない。
……
…………
戦闘開始からわずか十分。
王都郊外には、パンツ一丁で縛り上げられ、サウナ上がりのように茹で上がった帝国軍の山ができていた。
「……ふぅ。いい汗かいたな」
「うむ。やはり実戦はいい。筋肉が喜んでいる」
「……報告。敵軍の無力化、完了。被害ゼロ」
三人の男たちは、まるでラジオ体操でも終えたかのような涼しい顔でハイタッチを交わした。
そこへ、俺がモニター越しに声をかける。
『お疲れ。……早かったな』
「おう、ディラン。これくらいの雑魚、準備運動にもならねぇよ」
レオンが笑う。
「で、こいつらどうする? 埋めるか?」
イグニスが物騒なことを言う。
『いや、労働力だ。……ちょうど王都のトイレ掃除と、下水道の整備の人手が足りなくてな。捕虜としてこき使え』
「了解です。……違反者には、たっぷりと『社会奉仕活動』をしてもらいます」
ザインが冷たく目を光らせた。
こうして、帝国軍の侵攻は、ヒロインたちが目覚める前に「男たちの朝の運動」によって完全鎮圧された。
昼過ぎ。
目を覚ましたヴェルザードたちが、バルコニーから外を見て首を傾げた。
「あら? あそこで働いている半裸の男たちは誰じゃ?」
「……帝国の捕虜らしいですよ。レオンさんたちが捕まえたとか」
「ふーん。まあ、どうでもいいか。……それよりディラン、お腹空いた。ご飯まだ?」
「へいへい。今作るよ」
俺は苦笑した。
誰にも知られず、誰にも感謝されず、ただ黙々と敵を排除し、国を守る。
それが、ウチの男連中の『カッコよさ』という奴だ。
俺は心の中で、彼らに最上級のエールを送った。
(今夜は、あいつらに極上の酒と肉を振る舞ってやるか……。男だけの打ち上げといこうぜ)




