第63話 悪夢の王都と、小さな除霊師
「……眠れん」
俺は、執務室で目の下に隈を作って嘆いた。
王都を「巨大介護施設」にしてから数日。 概ね順調だったが、一つだけ深刻な問題が発生していた。 それは――騒音だ。
「いやぁぁぁ! 来るな! バリカンを持って追いかけてくるなぁぁ!」
「やめて! 私の髪を毟らないでぇぇ!」
夜な夜な、王城(老人ホーム)から、ハゲた貴族たちの悲痛な叫び声が響き渡るのだ。 どうやら彼らは、急激な環境変化と、ハゲを受け入れた(受け入れさせられた)ストレスにより、集団で『悪夢』にうなされているらしい。
「精神的ケアまでは契約に含まれていないぞ……。これじゃあ俺たちが寝不足になる」
俺が頭を抱えていると、ふわりと甘い香りが漂った。
「あら店長。お困りのようね?」
執務室に入ってきたのは、リリスだ。 元・魔王軍幹部の夢魔。現在はダンジョン国でエステサロンを経営し、夜の蝶たちを束ねる敏腕女社長でもある。 今日はバニーガール姿ではなく、シックな黒のスーツに眼鏡という「キャリアウーマン風」の装いだ(胸元は大きく開いているが)。
「リリスか。……あいつらを黙らせる方法はないか? 物理的に気絶させるのはナシだぞ、死ぬから」
「ふふ、お任せなさいな。精神と夢の管理なら、私の専門分野よ」
リリスが妖艶に微笑み、指を鳴らす。
「あの方たちの深層心理は今、恐怖と不安でドロドロよ。だから、私が夢の中に侵入して、直接『セラピー』をして差し上げるわ。……別料金でね」
「頼もしいな。だが、それだけじゃないんだ」
俺は窓の外を指差した。 王都の上空に、どんよりとした黒い靄がかかっている。
「あの負のオーラだ。貴族たちの怨念が集まって、変な『悪霊』みたいなのを呼び寄せている。ソフィアやアリシアに攻撃させたが、物理も魔法もすり抜けて効果がない」
「むぅ……あれは『悪い気』なの」
俺の足元から、ぴょこんと顔を出したのはルナだ。 金色の毛並みを持つ妖狐の幼女。普段は食べて寝ているだけのマスコットだが、その正体は高位の精霊魔導師である。
ルナは尻尾をボワッと膨らませて、空を睨んでいた。
「ご主人様、あのモヤモヤ、とっても臭いの! 放っておくと、ダンジョンのお肉まで不味くなっちゃうの!」
「それは困るな。……ルナ、祓えるか?」
「ん! ルナに任せて! ご褒美に『特上プリン』くれるなら、頑張る!」
「よし、交渉成立だ。プリン3つ付けよう」
「わーい! ルナ、やる気出たー!」
こうして、俺たちは「安眠を取り戻す」ために、リリスとルナを連れて深夜の王城へと向かった。
……
…………
深夜の王城。 廊下には、悪夢にうなされて徘徊するゾンビのような貴族たちが溢れていた。
「ううぅ……髪が……髪が……」
「あらあら、重症ね。……では、開店しましょうか」
リリスが両手を広げると、ピンク色の霧が廊下を満たした。 夢魔の固有スキル『強制入眠』だ。 貴族たちがパタパタとその場に倒れ込み、深い眠りに落ちていく。
「さあ、ここからは私のステージよ。ディラン様もご覧になります?」
リリスが俺の額に指を触れると、視界が歪み――俺たちは彼らの『夢の中』に立っていた。
そこは地獄だった。 巨大なハサミやバリカンを持った悪魔が、貴族たちを追い回している。
「ひいいぃ! 助けてくれぇぇ!」
逃げ惑う国王の前に、リリスが颯爽と降り立った。 その姿はスーツではなく、露出度の高いボンデージ風の「女帝」スタイルに変わっている。
「お座りなさい、駄犬ども」
リリスが鞭を一閃させると、巨大なバリカン悪魔が一瞬で消滅した。 その圧倒的な存在感に、国王たちが平伏する。
「あ、貴女は……女神か!?」
「いいえ、悪魔よ。……さあ、貴方たちの悪夢を管理してあげる。その代わり、夢の中での労働対価は現実の資産で支払っていただくわ。契約する?」
「する! します! もう怖い夢は嫌だぁぁ!」
「よろしい♡」
リリスは夢の世界を自在に書き換え、荒野をお花畑に変え、恐怖を快楽に変えていく。 その手腕は、まさに夢の支配者。 現実では無能な貴族たちも、リリスの管理下(夢の中)では従順な羊となり、安らかな寝息を立て始めた。
「……流石だな、リリス。夢の中なら無敵か」
「ふふ、現実でも無敵ですわよ? ……さて、集金完了っと」
リリスが夢の中で契約書にサインさせている間に、現実世界では別の戦いが始まっていた。
「グルルルル……!」
王城の屋根に、貴族たちの悪夢から吸い出された『負のエネルギー』が凝縮し、巨大な黒いスライムのような怪物が実体化していた。 物理攻撃無効、魔法吸収。 並の冒険者なら手出しできない厄介な相手だ。
だが、その前に一人の幼女が立ちはだかる。
「悪いモヤモヤ! ご主人様の安眠妨害罪で、タイホなの!」
ルナが着物の袖をまくり、小さな手を掲げる。
「いけっ、狐火ファンネル!」
ボッ! ボッ! ボッ! ルナの周囲に、青白い炎の玉が九つ出現した。 それはただの炎ではない。霊体に直接干渉し、浄化する聖なる狐火だ。
「燃えろ~!」
ルナが指揮棒のように手を振ると、炎の玉が怪物に殺到した。 ジュワァァァァ! 黒い怪物が、悲鳴のような音を上げて蒸発していく。
「まだまだ! 精霊さんたち、あつまーれ!」
ルナがステップを踏むと、王都の廃墟に眠っていた「土着の精霊」たちが光となって集まってきた。 彼らは人間のいなくなった王都で寂しがっていたが、ルナの呼びかけに応え、楽しそうに踊り狂う。
「必殺! スピリット・パレード!」
光の奔流が、城全体を包み込んだ。 淀んでいた空気が一瞬で澄み渡り、カビ臭かった廊下が森林のような清々しい香りに満たされる。 それは攻撃というより、大規模な「環境浄化」だった。
怪物は跡形もなく消滅し、夜空には満天の星が輝きだした。
「……ふぅ。おしまい!」
ルナが着地し、ドヤ顔でピースサインをする。
「すご……」
俺は絶句した。 アリシアやレオンでも苦戦するであろう霊的災害を、この小さなマスコットは遊び半分で、しかも一瞬で解決してしまった。
「ルナ、お前……強かったんだな」
「えへへ、ルナは天才だもん! ……それよりご主人様、プリンは?」
ルナが尻尾をブンブン振って飛びついてくる。 俺は思わず、その頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ああ、約束だ。特上プリン5つ……いや、10個食っていいぞ」
「わぁーい! ご主人様大好きー!」
翌朝。 王都の空気は劇的に改善されていた。
貴族たちはリリスの『夢セラピー(有料)』のおかげで熟睡し、顔色が良くなっている(ただし、起きるとリリスへの莫大な請求書に青ざめることになるが)。 城内の空気はルナの浄化によってマイナスイオンで満たされ、なぜか城の庭には花が咲き乱れていた。
「お見事でしたね、お二人とも」
アリシアが感心したように言う。
「私やソフィアでは、こうはいきませんでした。やはり、適材適所ということですね」
「ふん。まあ、たまには出番を譲ってやるのも悪くない」
ヴェルザードも、悔しそうだが認めているようだ。
俺は、プリンを頬張るルナと、請求書の山を数えて微笑むリリスを見て、満足げに頷いた。
「よし。これで安眠確保だ。……ついでに、王都を『スピリチュアル・ヒーリング・リゾート』として売り出すか?」
「あら、いいですね店長。心霊スポットツアーと、夢魔のエステ。セットで売りましょう」
「ルナも手伝うー! お化け役やるー!」
かくして、王都は「介護施設」に加え、「心霊治療と夢の楽園」という新たな観光資源を手に入れた。 もちろん、その収益の全ては俺の懐に入るわけだが。
やはり、ウチのヒロインたちに死角はないらしい。




