第60話 貴族のポテトと、平民のドラゴンステーキ
王城の広場で、ハゲた貴族たちがマヨネーズを啜りながら踊り狂っている頃。 王都の最下層、スラム街には別の衝撃が走っていた。
「……炊き出しだ! ダンジョン国様が食料を配ってくれるぞ!」
ボロボロの服を着た市民たちが、広場の一角に殺到する。 彼らは長引く食糧難で痩せ細り、今日を生きる気力さえ失いかけていた。
そこに現れたのは、割烹着姿のノエル(園長)と、大鍋を軽々と運ぶアリシアだ。
「さあさあ、皆さん並んでくださいね~。お腹いっぱい食べて、元気になってください!」
「子供と老人が優先だ。……押すなよ、全員分ある」
アリシアが蓋を開けた瞬間、スラム街には似つかわしくない、濃厚で芳醇な香りが爆発的に広がった。
「な、なんだこの匂いは……?」
「肉……? いや、もっと凄い、力のみなぎる香りだ……!」
鍋の中でグツグツと煮込まれているのは、巨大な肉塊と、宝石のように輝く野菜たち。 俺は、それを遠くから腕を組んで眺めていた。
「おいディラン。あれは『ワイバーン』の肉じゃないか? それに野菜は『世界樹の雫』で育てたSランク人参じゃぞ。……勿体なくないか?」
ソフィアが、自分用のA5ランク肉串(自分だけさらに良い肉)を齧りながら不満そうに言う。
「別にいいだろ。ダンジョンじゃワイバーンなんて雑魚敵だ。肉が余って倉庫を圧迫してるんだよ」
そう。ダンジョン国では、レオンやアリシアが訓練で狩りまくるせいで、高級食材であるはずのドラゴン種や高ランク魔獣の肉が「供給過多」になっていた。 野菜に関しても、セレスティアが「形が悪い(Sランク基準で)」と弾いた規格外品が山ほどある。
俺にとっては「在庫処分」だ。 だが、王都の民にとっては違う。
「う、うめえええぇぇ!!」
最初にスープを受け取った男が、一口飲んだ瞬間に絶叫した。 同時に、彼の身体からバチバチと魔力の光が溢れ出す。
「力が……力が湧いてくる! 長患いしていた腰痛が治った!?」
「目が見える! 霞んでいた目がハッキリ見えるぞ!」
「マズいスープしか飲んでなかったのに……こんなご馳走が食えるなんて……!」
次々と起こる奇跡。 S級食材には、滋養強壮どころか、レベルアップ効果すらある。 痩せこけていた老人たちが、スープを一杯飲むごとに肌艶を取り戻し、若者たちの筋肉がパンプアップしていく。
「あ、ありがとうごぜぇます! ディラン様万歳! ノエル様万歳!」
市民たちは涙を流し、俺たちに向かって拝み始めた。 彼らの目には、もう王城への忠誠心など欠片もない。あるのは、圧倒的な「食」を提供した俺たちへの信仰のみだ。
「……ふん。現金なものだな」
「ディラン様、民衆の支持率はこれで100%です。……あと、スラムの住民の平均ステータスが、王宮騎士団を超えました」
アリシアがスカウターのような魔道具を見ながら淡々と報告する。
「だろうな。あっち(騎士団)は今頃、ポテトチップス食って寝てるからな」
その時だった。
「おい! なんだその美味そうな匂いは!」
嗅ぎつけたのか、王城の方から数人の貴族と、護衛の兵士たちがやってきた。 彼らの手にはポテトチップスの袋が握られているが、口の周りはマヨネーズでベタベタだ。
「貴様ら貧民ごときが、何を食っている! よこせ! それは税として徴収する!」
貴族の一人が、子供が持っていたスープ皿を奪い取ろうとした。 しかし。
ガシッ。
子供――まだ10歳くらいの少年が、貴族の腕を片手で掴み、止めたのだ。
「……あ?」
「触るなよ、豚」
少年は、S級ドラゴンシチューを食べてレベルアップしていた。 その握力は、不摂生な貴族の腕など小枝のようにへし折れるほどだ。
「い、痛い痛い! な、なんだこの馬鹿力は!?」
「俺たちのご飯だ。誰にも渡さねぇぞ……!」
少年の背後に、スープを飲んでムキムキになったスラムの住人たちが立ち上がる。 その眼光は鋭く、全身から湯気が立ち上っていた。
「ひ、ひいぃぃっ!?」
貴族たちは腰を抜かして逃げ出した。
「お、王宮に報告だ! 貧民どもが凶暴化しているぅぅ!」
その様子を見て、ヴェルザードがケラケラと笑った。
「傑作だ。支配者層がジャンクフードで肥え太り、被支配者層がS級食材で最強の兵士になりつつある。……この国、もうクーデターが起きれば一瞬で終わるぞ?」
「まあ、そうなるように仕向けたんだがな」
俺は肩をすくめた。
王城には、俺が意図的に流した「依存性が高く、栄養価の低い嗜好品」が高値で売られ、国宝と引き換えに消費されている。 一方、下町には「栄養価が異常に高く、身体能力を強化する食事(ドラゴン・S級野菜)」が無償で配られ、健全な肉体と精神が育っている。
数ヶ月後、この国はどうなっているか。 想像するだけで笑いが込み上げてくる。
「ディラン、もう鍋が空になったぞ。おかわりはあるか?」
ノエルがニコニコしながら聞いてくる。
「ああ、いくらでもある。今日は『ベヒーモスのステーキ』も焼いてやれ。……在庫一掃セールだ」
「はーい! みんな~、次はもっと凄いお肉ですよ~!」
「「「うおおおおお!! 一生ついていきます!!」」」
王都の下町に、勝利の雄叫びが響き渡る。 かつて捨てられた「遊び人」の俺が、王都の民を「最強の私兵団」へと作り変えた瞬間だった。
これで、王都の富(国宝)は俺の金庫へ。 王都の戦力(国民)は俺の配下へ。
残ったのは、城でマヨネーズを舐めているハゲた裸の王様たちだけ。
「……さて。そろそろ『仕上げ』といこうか」
俺は、活気を取り戻した(取り戻しすぎた)スラム街を背に、次なる一手――この国を「物理的」にではなく、「概念的」に消滅させる計画――を練り始めた。




