第59話 熱狂の広場と、静寂なる略奪
王城前の広場は、異様な熱気に包まれていた。
「ヴェルザードちゃぁぁぁん!!」
「ノエル先生ぇぇぇ! バブみを感じるぅぅ!」
マヨネーズと脂質で脳を焼かれた国王や貴族たちが、両手にペンライト(魔導照明)を持ち、狂ったようにオタ芸を打っている。 ヴェルザードたちのライブは、彼らの理性と財布の紐を完全に破壊していた。
その喧騒を遠くに聞きながら、俺は王城の最奥――『王家宝物庫』の前に立っていた。
「……さて。支援には対価が必要だ。世の中にタダより高いものはないからな」
俺の隣には、魔王軍参謀のガリバーと、炎将軍イグニス、そして剣聖レオンが控えている。
「開けろ、イグニス」
「はっ。……しかし、よろしいのですか? あちらの警備はザインに任せてきましたが、あんな熱狂した暴徒ども、いつ暴れ出すか……」
イグニスが筋肉質な腕を組み、心配そうに広場の方を見る。 彼は真面目な武人だ。アイドルのライブで国のトップが踊り狂っている状況が、理解の範疇を超えているのだろう。
「大丈夫だ。あいつらはもう『信者』だ。推しに迷惑はかけん。……それより、仕事だ」
「承知いたしました」
イグニスが分厚い鋼鉄の扉に手を当てる。 高熱の炎が鍵穴を溶かし、数百年閉ざされていた扉が重い音を立てて開いた。
中に入った瞬間、俺たちは息を呑んだ。
「ほう……。これは予想以上だな」
そこには、腐っても大国。 数百年、いや千年近い歴史の中で蓄積された、本物の「国宝」が眠っていた。
今の国王たちが売り払ったのは、表面的な家具や装飾品だけだったらしい。 ここにあるのは、歴代の賢王たちが収集した古代の魔導書、伝説級の武具、そして国宝級の美術品の山だ。
「す、素晴らしい……! ディラン様、これを見てください!」
参謀ガリバーが、眼鏡をズレさせながら一冊の古書に飛びついた。
「これは『失われた第三帝国』の歴史書! それにこっちは、古代エルフの秘儀が記された魔導書です! 今の王たちはこの価値を理解できず、ただの古本として放置していたのでしょう!」
知識欲の塊であるガリバーが、子供のように震えている。
「鑑定は任せるぞ、ガリバー。……価値あるものは全て運び出せ」
「すべて、ですか?」
「ああ。ポテトチップスとマヨネーズの代金だ。……これでも安いほうだろう?」
俺は冷ややかに笑った。 あのハゲた国王たちは、目先の快楽のために、先祖が遺した偉大な遺産を手放すのだ。
「レオン、イグニス。運び出しを手伝え。傷一つ付けるなよ」
「へいへい。人使いが荒いぜ、まったく」
レオンが苦笑しながら、巨大な黄金の彫像を軽々と持ち上げた。
「俺は剣聖なんだがなぁ……。まあいい、王国の剣技書があれば俺がもらうぞ?」
「好きにしろ。ただし、コピーをとって原本は図書館で管理だ」
男たちによる、静かで迅速な「引越し作業」が始まった。
イグニスが炎の魔法で木箱を作り、ガリバーが丁寧に梱包し、レオンとイグニスが運ぶ。 広場からは「アンコール! アンコール!」という間抜けな歓声が聞こえてくるが、その裏で、この国の「歴史」と「魂」は、次々とダンジョン国へと移送されていく。
作業の途中、俺は一枚の肖像画の前で足を止めた。 描かれているのは、威厳ある髭を蓄え、知性的な瞳をしたかつての国王だ。今のバーコード親父の、曾祖父あたりだろうか。
(……あんたは立派だったんだろうな)
絵の中の王は、確かに国を愛し、文化を守ろうとしていた気概が感じられる。 この宝物庫の管理状態が良いのも、過去の管理者たちが優秀だった証拠だ。
だが、子孫がこれではな。
「……悪いが、これらは俺たちが引き継ぐ。豚に真珠を持たせておくより、よほどマシだろう」
俺は肖像画に短く黙祷し、それをガリバーに渡した。
「ディラン様。……空になりました」
数時間後。 広大な宝物庫は、見事なまでに空っぽになっていた。 残っているのは埃と、ネズミの死骸くらいだ。
「よし。撤収だ」
俺たちが裏口から荷物を運び出していると、ちょうどライブを終えた国王(汗だく・ペンライト装備)が、ふらふらとやってきた。
「お、おお、ディランよ! 最高のライブじゃった! ヴェルザードたんのウィンクで余の寿命が十年延びたわ!」
「それはよかったですね、陛下」
「うむ! して、追加のポテトチップスはあるか? あれがないと手が震えて……」
完全に中毒症状だ。
「ありますよ。……ですが、代金は?」
「金ならある! ほれ、宝物庫の鍵じゃ! 中にあるガラクタでも古本でも、好きに持っていけ! その代わり、ポテトとのり塩をコンテナ三つ分くれ!」
国王は躊躇なく、先祖の遺産をポテトチップスと交換した。 俺は鍵を受け取り、ニッコリと笑った。
「商談成立だ。……まいどあり」
こうして、王国の数千年の歴史と文化財は、正式な手続き(とマヨネーズ)によって、全てダンジョン国の所有物となった。
帰り道。 大量の国宝を積んだ荷馬車の列を眺めながら、イグニスが呆れたように呟いた。
「……我々魔王軍でも、ここまで鮮やかな略奪はしませんでしたよ」
「人聞きが悪いな、イグニス」
俺は肩をすくめた。
「これは『貿易』だ。ウィンウィンの関係だろう?」
「相手が破滅に向かっていることを除けば、ですがね」
ガリバーが古書を愛おしそうに撫でながら笑う。
広場ではまだ、ハゲた貴族たちがマヨネーズを舐めながら踊り狂っている。 彼らは気づいていない。 自分たちが食べているポテトチップス一枚が、国宝級の美術品と引き換えになっていることを。 そして、食べ終わった頃には、国には何も残っていないことを。
「さあ、帰ろうぜ。……次は、この美術品を飾る博物館でも建てるか」
俺は空になった王城に背を向け、豊かな戦利品と共にダンジョンへ帰還した。 過去の偉人たちへの敬意は、俺たちが形として守り抜く。 それが、新しい支配者としての「デリカシー(礼儀)」というものだろう。




