第57話 輝くバーコードの海と、敗北する遺伝子
翌日の正午。王城のメインバルコニー。
そこには、この世の終わりと、ある種の神々しい「輝き」が同居していた。
「……壮観だな。いや、圧倒的だ」
俺はバルコニーの隅で、その光景を見上げて呟いた。
国王を筆頭に、大臣、将軍、そして高位貴族たち。 かつてこの国を牛耳っていた権力者たちが一列に並び、一斉に「それ」を外したのだ。
秋の陽光を反射し、彼らの頭頂部は眩いばかりに輝いている。 ある者は、数本の髪を必死に横断させたバーコード。 ある者は、潔く何もない荒野。 そしてある者は、未練がましく後頭部だけを残した落ち武者スタイル。
広場に集まった国民たちは、そのあまりの衝撃に静まり返り、やがて涙を流し始めた。
「王様、あんなになるまで……」
「俺たちのために、毛根を犠牲に……」 「なんて尊いんだ……!」
民衆の視線は、冷ややかさではなく、畏敬の念に変わっていた。 隠すのではなく、さらけ出したことで、彼らの『禿』は『憂国の勲章』へと昇華したのだ。
その圧倒的な『禿の団結力』と『歴史の重み』を目の当たりにし、俺は膝をつきそうになった。
(……負けた。完敗だ)
俺にはない。あの哀愁も、あの輝きも、あの『失ったもの』だけが持つ連帯感も。 俺はただの、髪のある若造に過ぎない。 彼らの積み上げてきた「バーコードという年輪」の前では、俺の存在などあまりに軽い。
そう、俺は歴史に敗北したのだ。
そう思っていた、その時だった。
「……おい。一人だけ空気が読めておらんぞ」
ソフィアが、日傘の下から冷ややかに指差した。
バルコニーの端。そこに一人だけ、不自然なほど黒々とした豊かな髪を風になびかせている男がいた。 俺の父親、アークライト公爵だ。
彼は真っ青な顔で、周囲の『聖なる禿集団』から詰め寄られていた。
「貴様! アークライト! なぜ外さん!?」 「抜け駆けか! 自分だけ助かろうなど許さんぞ!」 「そのフサフサを捨てろ! 我らと共に恥を晒せ!」
国王(バーコード全開)が、血走った目で父親の髪を掴もうとする。
「ち、違うのです陛下! これは……これは……!」
「問答無用! 毟れ! 一本残らず毟り取ってしまえぇぇ!!」
「ひいいいっ! ディラン! ディラン助けてくれぇぇぇ!!」
父親はバルコニーから身を乗り出し、俺に向かって悲鳴を上げた。 かつて俺を追放した父親が、今は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、俺に助けを求めている。
俺はため息をつき、魔法でふわりとバルコニーへ飛び上がった。
「……何をしている。往生際が悪いぞ、父上」
俺は敗北者として、静かに告げた。
「皆を見習え。ハゲを受け入れろ。俺たち一族は、彼らの『覚悟』の前に敗れ去ったんだ」
「違うんだディラン! 信じてくれ!」
父親は俺の胸倉を掴み、おいおいと泣き崩れた。
「これは……『地毛』なんだああぁぁぁ!!」
「……は?」
「毟っても毟っても抜けん! カツラではない! ワシは……ワシは還暦を過ぎても、無駄に毛根が元気なんじゃああぁぁ!!」
その場に沈黙が落ちた。
俺は父親の頭を見た。 確かに、生え際は自然だ。引っ張ってみても(少し痛がるが)抜ける気配はない。 剛毛だ。嫉妬を買うレベルの、圧倒的フサフサだ。
「なっ……」
国王たちが、絶望と憎悪の入り混じった目で父親を睨んだ。
「き、貴様……裏切り者ぉぉぉ!!」 「我らが苦労してハゲ散らかしている間に、貴様だけぬくぬくと毛を育てていたのか!」 「処刑だ! この『フサフサ罪』だけは万死に値する!!」
場はカオスと化した。 ハゲがフサフサをリンチしようとする地獄絵図。
俺は頭を抱えた。
(終わった……。俺たちアークライト家は、この国の『空気』を破壊した大罪人だ……)
バーコードの聖域に、土足でフサフサを踏み入れた罪。 やはり俺たちは、この国の「深み」には到達できない浅い存在だったのだ。
俺が絶望に打ちひしがれていると、ヒロインたちが動いた。
「そこまでになさい。見苦しいですよ、タコ入道ども」
冷徹な声と共に、アリシアが大剣の腹で国王たちを薙ぎ払った。
「ひでぶっ!?」
「ディラン様のお父上です。髪があろうとなかろうと、敬意を払いなさい」
アリシアが場を制圧し、ヴェルザードが「ふふ、騒ぐなら全員焼き払うぞ?」と黒い炎を出して脅し、ソフィアが「そやつだけフサフサのまま生かして、嫉妬の対象として見せしめにすればよい」と悪魔的な仲裁案を出して、なんとかその場は収まった。
…… …………
数時間後。ダンジョン国への帰りの馬車。
俺はシートに深く沈み込み、どんよりとしていた。
「……はぁ。俺は負けたよ」
「何がです?」
隣でアリシアが、膝に俺の頭を乗せながら(膝枕)優しく尋ねる。
「あの国王たちの『ハゲの団結』……そして『憂国のバーコード』。あそこには、俺が決して手に入れられない『男の年輪』があった。それに比べて俺の家系は……歳をとってもフサフサだなんて、苦労を知らない証拠じゃないか」
俺は本気で落ち込んでいた。 男としての『深み』や『哀愁』において、あのハゲたちに完敗した気分だったのだ。
すると、向かいの席でヴェルザードが呆れたように笑った。
「くくっ、馬鹿な男だ。何を勘違いしている」
「勘違い?」
「ディラン。それは『敗北』ではない。『勝利』だ」
ヴェルザードが身を乗り出し、俺の顔を覗き込む。
「よいか? お前の父親が還暦でもフサフサということは、遺伝的に『お前も将来ハゲない』という証明だぞ?」
「……あ」
俺は瞬きをした。
「そうじゃぞディラン」
ソフィアも肉を齧りながら頷く。
「統計的に見て、貴族の男性の6割は加齢と共に頭髪を失う。だが、お主には『最強の遺伝子』がある。……つまり、お主は将来、あのバーコードの苦労を背負わなくて済む『選ばれし勝ち組』なんじゃ」
「勝ち……組……?」
最後に、アリシアが俺の髪を優しく撫でながら、うっとりと囁いた。
「そうです、ディラン様。貴方様は、お爺様になっても、今のままお美しく、フサフサでいられるのです……。ああ、なんて素敵なことでしょう。私は……私は、30年後のディラン様を想像するだけで、ご飯が3杯いけます!」
「……!」
彼女たちの言葉が、俺の脳内に染み渡る。
バーコードになれない寂しさ? 年輪がない? いや、違う。
俺は――ハゲなくて済むのだ。 あの国王のような、涙ぐましい工作をしなくていい。 風の強い日に、頭を押さえて怯えなくていい。 ズラがズレて失禁する未来など、俺には来ないのだ!
「……そうか。俺は、勝っていたのか……!」
俺の中で、本当の意味での勝利のファンファーレが鳴り響いた。 それは「男の哀愁」への敗北などどうでもよくなるほどの、圧倒的な「遺伝子の勝利」だった。
「ありがとう、みんな。……そしてありがとう、父上(の毛根)」
俺は馬車の窓から、遠ざかる王都――夕日に輝くバーコードの群れ――を見つめ、静かに合掌した。
彼らの犠牲の上に、今の俺の『安寧』がある。 ワカメを送ろう。最高級のワカメを、山のように。
こうして、俺の王都への復讐(と勘違いの敗北)は、ヒロインたちの愛ある説得によって、「将来への自信」というポジティブな結果で幕を閉じたのだった。




