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第54話 空っぽの金庫と、招かれざる客

「……ない」


 私は執務室の机に突っ伏し、虚ろな目で金庫の中身を見つめていた。


 そこには、爽やかな風が吹き抜けるほどの空間が広がっている。


 昨日までは、ここには煌びやかな金貨や宝石が山のように積まれていたはずだ。ダンジョンの運営益、カジノの売上、農産物の輸出益……。


 しかし、今は何もない。


 あるのは、一枚のメモ書きだけだ。


『領収書:ヒロイン一同より、日頃の感謝(と欲望)を込めて♡』


「あいつら……本当に搾り取りやがった……」


 昨夜の温泉での記憶が蘇る。


 ノエルの上目遣い、ヴェルザードの色仕掛け、アリシアの肉迫、そしてソフィアの無言の圧力。


 極楽のような時間と引き換えに、私の個人資産と当面の運営予算は、きれいさっぱり消滅していた。


「ディラン。……うるさいぞ。肉の味が落ちる」


 ソファの方から、咀嚼音と共に不満げな声が聞こえる。


 見れば、完全防備(日傘・ローブ・サングラス)のソフィアが、最高級のA5ランク肉を優雅にナイフで切り分けていた。


「おいソフィア。その肉、どこから出した?」


「ん? 昨日の臨時ボーナスで買った『お取り寄せ』じゃ。……美味いぞ」


「俺の金だ!!」


 私が机を叩いたその時、執務室の扉がノックされた。


「ディラン様、よろしいでしょうか」


 入ってきたのは、自警団ポリス隊長のザインだ。


 彼はいつもの真摯な表情で、しかしどこか言いにくそうに口を開いた。


「……お客様です。いえ、追い返そうとしたのですが、どうしてもディラン様に会いたいと」


「客? 今は誰も通すな。金のない俺は機嫌が最悪なんだ」


「それが……その、王都からの使者だそうです」


「王都?」


 私は眉をひそめた。


 王都。かつて私が「神童」と呼ばれ、そして「遊び人」という職業が出た瞬間にゴミのように捨てられた場所。


 兄や婚約者、そして国王の手によって追放されてから、一度も関わっていなかった因縁の地だ。


「……へえ。今さら何の用だ? 『遊び人は不要』じゃなかったのか?」


「それが……どうやら、かなり切羽詰まっている様子で」


 ザインが扉を開けると、そこにはボロボロの服を着た、見覚えのある男が立っていた。


 かつて王城で、私を嘲笑っていた大臣の一人だ。


 しかし今の彼に、かつての威厳はない。頬はこけ、目は血走り、まるで亡者のようだ。


「ディ……いや、ディラン様! どうか、どうかお助けください!」


 男はいきなり床に頭を擦り付けた。


「我が国は今、深刻な食糧難と経済危機に瀕しております! ダンジョンの豊かな物資を……どうか、少しでも分けていただきたいのです!」


「はあ? 知ったことか」


 私は冷たく言い放った。


「俺を追放したのはお前らだろ。今さら虫が良すぎると思わないか?」


「そ、それは……! しかし、このままでは国が滅びます! 国王陛下も……陛下も、あなた様にお会いしたいと……!」


「国王が?」


 私はピクリと反応した。


 あのプライドの塊のような国王が、追放した相手に助けを求めるだと?


(……面白い)


 私の脳内で、冷徹な計算機が回り始めた。


 今の私の金庫は空っぽだ。早急に新たな財源を確保する必要がある。


 そして何より、かつて私を見下していた連中が、無様に頭を下げてくる様を見るのは……最高のエンターテインメントになりそうだ。


 それに、私には一つ、確かめたいことがあった。


 風の噂で聞いたのだ。最近の国王は、人前に出る時に『不自然なほど髪がふさふさ』になっていると。


 ……まさかな。


「いいだろう」


 私は口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべた。


「行ってやるよ、王都へ。……ただし、ただで済むと思うなよ?」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」


 涙を流して喜ぶ大臣を見下ろしながら、私は心の中で呟いた。


 待っていろ、王都。


 そして国王。


 お前の『秘密』と『プライド』、そして『国庫』の中身……すべて俺が暴いてやる。


「ソフィア、準備しろ。……肉の代金分、働いてもらうぞ」


「む……仕方ないのう」


 こうして、金欠の魔王(私)による、慈悲なき『王都救済(という名の集金と復讐)』の旅が幕を開けた。

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