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第53話 極楽温泉と、優しさの裏にある請求書

 湯気がもうもうと立ち込める、広大な岩造りの大浴場。


 そこは現在、男たちにとっての『約束の地』と化していた。


「うひょぉ……エルフの女王様にお酌してもらえるなんざ、長生きはするもんじゃのう……」


「あら、親方。遠慮しないでどんどん飲んで? 特製マヨネーズを使ったおつまみ、もっと持ってくるから」


「うぐぅっ! うめぇ! 一生ついていきます姉御ぉぉ!!」


 ドワーフの親方や職人たちは、セレスティアの手厚い接待により、開始数分で陥落していた。


 強面で頑固一徹な彼らも、美女と酒と温泉の前では形無しだ。彼らは完全に骨抜きにされ、ただただ幸せな溜息を湯面に浮かべている。


 一方、私――ディランの方はというと。


「……なぁ、これ。夢じゃないよな?」


 私は湯船の中央で、別の意味で冷や汗を流していた。


 目の前には、湯浴み着(というには刺激が強すぎる水着)をまとった、我がパーティのヒロインたちが勢揃いしているのだ。


「さあさあ、ディランさん。じっとしていてくださいね~。今日は『園長先生』が、特別にキレイキレイしてあげますからね~」


 背後から私を抱え込むようにして、スポンジを振るうのはノエルだ。


 紺色のスクール水着が、彼女の豊満な肢体を際立たせている。背中に感じる柔らかい感触と、耳元で囁かれる甘い声。


 しかしその口調は、完全に『泥んこ遊びをした園児』をあやす保母さんのそれだった。


「はい、お耳の後ろもゴシゴシ……。ディランさんはいい子ですね~、ちゃんと我慢できて偉い偉い♡」


「……ノエル、俺は園児じゃなくてパーティリーダーなんだが?」


「あらあら、甘えん坊さんですねぇ♡」


 私の反論は、圧倒的な『バブみ』によって封殺された。


「おい相棒、動くな。背中の守り(タンク)は私が引き受けると言っているだろう」


 正面に仁王立ちしているのは、面積の少ない白ビキニ姿のアリシアだ。


 彼女は聖騎士らしく、無駄にキリッとした表情で、しかし頬を朱に染めながら私の胸板をタオルで拭いている。


「貴様の身体は、私が管理する。……傷一つ、汚れ一つ残さんぞ」


 その重すぎる忠誠心と、真面目すぎるがゆえの密着度。


 普段の堅物騎士が、水着姿で甲斐甲斐しく世話を焼くギャップは、私の理性を削るのに十分な破壊力を持っていた。


「ふん……下賤な人間にしては、良い身体つきをしているではないか」


 さらに横から、優雅に杯を差し出してきたのはヴェルザードだ。


 黒の紐水着という、もはや布の面積よりも肌色の方が多い過激な衣装をまとい、魔王としての覇気とカジノオーナーとしての色香を漂わせている。


「特別に、余が酌をしてやろう。……どうした? 魔王に酒を飲ませてもらえるなど、一生の運を使い果たした顔をしているぞ?」


「……い、いただきます」


 傲慢なのに、距離が近い。支配されているのか接待されているのか分からないこの感覚。


 さらに反対側からは、ルナが「ご主人様、あわあわ~!」と無邪気に腕を洗ってくれ、足元ではリリスが「店長、足のツボ押しますね♡」と、プロのエステティシャンらしい際どいマッサージを施してくる。


 本来ならば天にも昇る心地のはずだ。


 しかし、私の脳内アラートは鳴り止まない。


 前回のスライダー事件(自業自得)で、私は彼女たちにひどい目に遭わされたばかりだ。


 それなのに、この至れり尽くせりの待遇。


(おかしい。絶対におかしい)


 私はドリンクを飲み下しながら、必死に周囲を見渡した。


 すると、湯船の少し離れた場所に、異様な光景を見つけた。


「……肉」


 完全防備(日傘・ローブ)のままお湯に浸かり、濡れるのも構わず皿に乗った骨付き肉を死守しているソフィアの姿があった。


 彼女は湯気で曇った眼鏡を指で押し上げ、じろりと私を見る。


「ディラン。風呂上がりの牛乳もよいが、やはり肉じゃ。……あーん、してやろうか?」


「は……? あの引きこもりのソフィアが、あーん、だと……?」


 異常事態だ。


 幼児扱いのノエル、過保護なアリシア、デレた魔王ヴェルザード、そして餌付けしようとする大賢者。


 普段なら「働け」だの「金返せ」だの言ってくる連中が、今日はどうしたというのか。


「お前たち……正直に言え。何があった?」


 私が震える声で問うと、彼女たちは一斉に動きを止めた。


 そして顔を見合わせ――とびっきりの『営業スマイル』を私に向けた。


「「「ねえ、ディラン(さん/ご主人様)。」」」


 ノエルが、園児を諭すような優しい声で切り出す。


「実はですね~、園の『お遊戯会』の衣装予算が、ちょ~っとだけ足りなくなっちゃって……」


 ヴェルザードが、妖艶に微笑む。


「カジノの新しいスロットマシーン導入費だ。……先行投資だぞ? 回収(予定)はできる」


 アリシアが、真剣な眼差しで迫る。


「私の新しい盾の新調費用だ。……貴様を守るためだ、必要経費だろう?」


 そしてソフィアが、肉を頬張りながらボソッと言う。


「……期間限定ガチャ。あと10連で天井なんじゃ。頼む」


 遠くからはセレスティアの声も飛んでくる。


「ディランー! 新作映画の撮影で、マヨネーズのプールを作りたいの! 経費で落としていいわよねー!?」


(……やっぱりか!!)


 すべての謎が解けた。


 この接待は、癒やしではない。集金だ。


 しかし、時すでに遅し。


 至近距離での上目遣い、肌の温もり、そして『全年齢版』ギリギリのスキンシップ接待。


 男としての本能と、日頃の苦労による「癒やされたい欲」が、理性の堤防を決壊させる。


「……くっ、今回だけだぞ! ……好きにしろ!!」


 私の敗北宣言が、大浴場に響き渡った。


「「「やったー! ディラン(さん/ご主人様/店長)大好きー!!」」」


 歓声と共に、再び私に殺到するヒロインたち。


 柔らかい感触とお湯に揉みくちゃにされながら、私は天井を仰いだ。


 親方たちとは違う。私は、ただの『スポンサー』として骨抜きにされただけだったのだ。


 ……まあ、この感触に免じて、今回だけは許してやるか。


 こうして、極楽温泉の湯気と共に、私の財布は軽くなっていくのだった。

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