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第46話 『真実のバーコード、そして宴の終わり』

「ええい、軟弱者め! 気合を入れんか!」


 俺は白目を剥いて気絶した貴族の男に向け、手にしたハリセンを振り下ろした。 スパンッ! という乾いた音がホールに響く。 これぞO-SAKA直伝の蘇生術、ツッコミだ。


 だが、その一撃が、悲劇の引き金を引いた。


 ハリセンが巻き起こした風圧。 それが、貴族の男の頭部を直撃した瞬間――。


 パラリ……。


 男の頭頂部を覆っていた黒髪が、まるで暖簾のれんのように捲れ上がった。 そして、その下から現れたのは、磨き上げられた鏡のような地肌。


「…………あっ」


 その場にいた全員の動きが止まった。 魔法少女も、ナースも、ヒョウ柄の魔王も。 誰もが息を呑み、その光景を凝視した。


 それは、俺が被っているような「宴会芸のカツラ」ではない。 一本一本の髪を丁寧に伸ばし、糊のような整髪料で固め、地肌という名の虚無を隠そうとした、血と涙の結晶。 正真正銘、天然リアルのバーコードだったのだ。


「……う、うう……」


 貴族の男がうめき声を上げて目を覚ます。 彼はまだ気づいていない。 命よりも大切な「結界」が、俺のハリセンによって破壊され、無防備な地肌が白日の下に晒されていることに。


 俺は震える手で、自分のカツラを押さえた。 勝てない。 これは勝てない。


 俺のバーコードは、あくまで「デリカシー(威厳)」を演出するための装備品だ。 だが、彼のバーコードは「生き様」そのものだった。 隠すために晒す、という矛盾。薄氷の上を歩くようなギリギリのバランス感覚。 本物だけが持つ、圧倒的な悲哀リアリティ


 俺はゆっくりとハリセンを床に置いた。


「……負けた」


 俺の呟きが、静まり返ったホールに響く。


「すまない。俺のようなニセモノが、お前のような歴戦の勇者ホンモノの前で、バーコードを語るなど……おこがましいにも程があった」


 俺は貴族の男の前で膝をつき、深く頭を下げた。 それは、真の強者に対する最大限の敬意だった。


「え? え? 何? どうしたの神童殿? なんで皆、僕の頭を見て……」


 男はキョトンとして、自分の頭に手をやった。 そして、指先が地肌に直接触れた瞬間、彼の顔色が青から白、そして透明へと変わっていった。


「あ……あ、ああ……あぁぁぁぁ……」


 声にならない悲鳴。 彼は大慌てで、暖簾のように垂れ下がった髪を元の位置に戻そうとする。 だが、一度崩壊したバーコードは、二度と元の美しいラインを描くことはない。 震える手で髪をかき集めるその姿は、あまりにも痛々しく、そして尊かった。


「……着替えましょう」


 魔王が、ヒョウ柄のジャージを静かに脱ぎながら言った。 その声には、いつもの覇気はない。


「我々は、超えてはならないラインを超えてしまったようだ。これ以上、このふざけた格好で彼の前に立つことは、万死に値する」


 聖女も女騎士も、無言で頷き、逃げるように更衣室へと走った。 コスプレブームという熱病は、あまりにも冷酷な現実リアルの前に、急速に冷めていった。


 ◇


 その後、屋敷の裏庭にて。


「……うっ、ぐすっ……ちくしょう……朝、二時間かけてセットしたのに……」


 貴族の男が、木の陰で膝を抱えて泣いているのを、俺は遠くから見ていた。 その背中は小さく、しかし、どんな魔物よりも重い「業」を背負っていた。


 俺は白塗りのメイクを落とし、カツラをゴミ箱へと放り込んだ。


「デリカシー……。それは、触れてはいけない部分を、そっとしておくことなのかもしれないな」


 俺は初めて、デリカシーの真理に触れた気がした。 O-SAKAのオバチャンも凄かったが、この名もなきハゲ……いや、貴族の男こそが、俺に本当の敗北を教えてくれたのだ。


 風が吹く。 男のバーコードが、儚く空に舞っていた。

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