第42話 『西の都の怪物、その名はオカン』
「いいこと!? あなたが『デリカシー』というものを身につけて帰ってくるまで、この屋敷の敷居はまたがせないからね!」
ヒロイン連合の盟主たる聖女の怒号と共に、俺の荷物が門の外へと投げ出された。 重厚な鉄扉が、まるで俺を拒絶するかのように轟音を立てて閉ざされる。
俺はしばし呆然と扉を見つめ、やがて一つ頷いた。
「……なるほど。そういうことか」
彼女たちの要求は明白だ。 今の俺には、圧倒的に不足しているものがある。それが『デリカシー』だ。
彼女たちは、俺にその『デリカシー』なる未知の強者を討伐、あるいは従属させ、その力を我が物にして戻ってこいと言っているのだ。 なんと厳しい愛のムチか。 これまでの俺は、神童と呼ばれ、魔王さえも退けた。だが、上には上がいるということか。
「待っていろ。必ずやそのデリカシーという最強の幻獣、あるいは奥義を持ち帰ってみせよう」
俺は愛剣を背負い直し、西へと足を向けた。 噂によれば、西方の商業都市『O-SAKA』には、常識の通じない猛者たちが跋扈しているという。 そこに、俺の求める答えがあるはずだ。
◇
数日の旅を経てたどり着いた『O-SAKA』は、混沌の都だった。 街を行き交う人々は皆、声が大きい。 そして、歩く速度が異常に速い。 俺の動体視力をもってしても、彼らの会話のテンポを聞き取るのは困難を極めた。
「ここか……魔境と恐れられる地は」
俺は情報を得るため、ひときわ活気のある商店街へと足を踏み入れた。 その時である。 強烈な闘気を放つ一軒の店が、俺の足を止めた。
店先には、「大特価」「持ってけドロボー」といった攻撃的な呪文が書かれた札が乱舞している。 そしてその中心に、黄金と黒の斑点模様――猛獣ヒョウの皮を模した戦闘服を身にまとった、初老の女性が仁王立ちしていた。
間違いない。この地の支配階級だ。
俺は警戒レベルを最大に引き上げ、その女性に接触を試みた。
「頼もう。俺はこの地にあるという『デリカシー』を探して……」
「あらやだお兄ちゃん! ちょっと、すっごい男前やないの!」
俺の開戦の口上は、音速を超えた彼女の接近によって遮られた。 速い。 縮地か? いや、予備動作なしのゼロ距離移動だ。
「え、あ、いや、俺は……」
「あかんであんた、そんな顔色して! ちゃんとご飯食べてるんか!? ほっそいなぁ! ポッキーみたいやで! これ食べ! 飴ちゃんあげるから!」
俺の口の中に、個包装された固形物がねじ込まれた。 防御結界を展開する隙すら与えぬ、神速の投擲スキル。 毒か? いや、甘い……これは、高濃度の糖分による精神汚染攻撃か!?
「待て、俺の話を聞いてくれ。俺はデリカシーを……」
「あーもう、そんなペラペラの服着て! 寒いやろ!? 見てみぃこの服、安しとくで! これな、ウチの孫に着せようおもてたんやけど、あんたにあげるわ!」
彼女は俺の言葉を『聞く』というプロセスを完全に放棄していた。 こちらの攻撃(会話)は全て無効化され、あちらの攻撃だけが一方的に叩き込まれる。 なんだ、この理不尽な無敵時間は。
「いらん! 俺にはこの装備が……」
「ええってええって! 遠慮せんでええの! はいこれオマケ! これもつけとくわ! ほら、似合うわぁ~! まるで虎やな!」
気がつけば、俺の上半身には猛獣柄の上が羽織らされ、両手には「オマケ」と称された大量の惣菜袋が握らされていた。 物理的な拘束術ではない。 「断らせない」という圧倒的な精神圧が、俺の動きを封じているのだ。
「あ、あとこれな、賞味期限切れかけやけど美味しいから持ってき! はい、さいなら! 気ぃつけて帰りや!」
背中をバシィッ! と強打される。 その衝撃は、ドラゴンの尾撃に匹敵する重さだった。 俺は弾き飛ばされるようにして、店の外へと押し出された。
◇
商店街の喧騒の中、俺は立ち尽くしていた。 手には、ヒョウ柄の服と、山盛りのコロッケや煮物。 そして口の中には、未だに溶けきらない飴ちゃん。
完敗だ。 魔法も、剣技も、そして『論理』さえも、あの黄金の戦士には通用しなかった。
「……恐ろしい。デリカシーとは、これほどまでに相手を圧倒し、己のペースに巻き込む覇王色の覇気のことだったのか」
俺は震える手で、ヒョウ柄の服を握りしめた。 世界は広い。 俺が「神童」などと調子に乗っていた間も、O-SAKAのオバチャンたちは、この領域で戦い続けていたのだ。
「……帰ろう。今の俺では、デリカシーには勝てない」
俺は、最強の敵から授かった戦利品(ヒョウ柄)を丁重に持ち帰ることにした。 ヒロインたちがこれを見れば、きっとこう言うだろう。 『凄まじい修行をしてきたのね』と。




