第38話 『魔法のスマホ』を配ったら、魔王がSNS中毒になり、騎士が既読スルーに怯えるメンヘラ化した
便利なダンジョン生活だが、一つだけ不便なことがあった。
連絡手段だ。
広いダンジョン内では、いちいち伝令を走らせるのが面倒くさい。
「……作るか。文明の利器を」
俺はソフィアと共に、小型の石板型通信機――通称『マギ・フォン(魔法スマホ)』を開発した。
機能はシンプル。
通話、メッセージアプリ『ライン(魔導通信)』、そして写真投稿SNS『マギスタ』だ。
「これを主要メンバー全員に配布する。業務連絡はこれで送るからな」
俺が配ると、最初は「板に向かって話すのか?」と戸惑っていた彼らだが、すぐにその魔力に取り憑かれた。
◇
数日後。
ダンジョンの風景は一変した。
リビングにて。
ピコン♪
「……む。ディラン、これを見ろ」
ソファで寝転がっている魔王ヴェルザードが、画面を見せてくる。
そこには、彼女がキメ顔で自撮りした写真と共に、『今日のランチはドラゴンステーキ♡ #魔王 #優雅な休日』という投稿が表示されていた。
「『いいね』がまだ100件しかついていない。 おいディラン、お前の権限で国民全員に『いいね』を押させろ」
「職権乱用はやめろ。地道にフォロワーを増やせ」
「チッ……。仕方ない、次は『水着で魔法撃ってみた』という動画を上げるか……」
魔王様、完全にインフルエンサー気取りである。
承認欲求の塊だ。
◇
ピコン♪ ピコン♪ ピコン♪
俺のスマホが連続で鳴る。
通知を見ると、全てアリシアからだ。
『ディラン様、今どこですか?』
『誰と一緒ですか?』
『魔王様と一緒ですか?』
『どうして返信くれないんですか?』
『既読ついているのに……』
『嫌いになったんですか?』
『スタンプ(泣いているスライム)』
「……怖い怖い怖い!」
アリシアの「束縛」が可視化されてしまった。
メッセージアプリの「既読機能」は、恋愛において劇薬すぎる。
俺は震える指で『ごめん、会議中だった』と即レスした。
◇
そして、一番重症なのが……。
「……出ない」
研究室のソフィアだ。
彼女はスマホ画面を血走った目で見つめ、指を高速で動かしている。
「なんで出ないのよ……! SSR『伝説の賢者の杖』……!」
彼女がやっているのは、俺が暇つぶし用にインストールしておいた『ガチャ・ゲーム』だ。
「ソフィア、お前いくら課金した?」
「う、うるさいわね! これは研究費よ! 確率の偏りを検証しているだけなんだから!」
「今月の給料、全部溶かしたな?」
「あと一回! あと一回回せば出るはずなの! ディラン、魔法石を貸しなさい!」
大賢者の知性も、確率の前では無力だった。
◇
こうして、ダンジョンには新たな「沈黙」が訪れた。
食堂でも、広場でも、みんな無言でスマホをいじっている。
会話はないが、ネットワーク上では猛烈な勢いでやり取りが行われているのだ。
「……なんか、静かすぎて不気味だな」
俺が呟くと、向かいの席にいた魔王からメッセージが届いた。
『ピコン♪ 私の目の前にいる男が、寂しそうな顔をしている件について #かまってちゃん』
「目の前にいるなら口で言え!」
俺のツッコミも虚しく、文明の病理は確実にこの国を蝕んでいくのだった。
(第38話 終わり)




