第26話 刺し身が食べたかったので、人魚の国ごとダンジョンに『海』をお持ち帰りした
ある日の夕食。
テーブルには最高級のドラゴンステーキと、新鮮な野菜サラダが並んでいる。
だが、俺の箸は進まなかった。
「……飽きた」
「えっ? 美味しいですよ、ディラン様?」
アリシアが不思議そうに首を傾げるが、俺は遠い目をした。
「肉はもういい。俺の身体は今、猛烈に『魚』を欲しているんだ。
脂の乗ったマグロの刺し身、香ばしい焼き魚、そして出汁の効いた味噌汁……!」
「サシミ? ミソシル?」
異世界人の彼らには通じないが、俺の脳内はすでに海鮮一色だった。
王国の海は遠いし、流通している魚は保存用の干物ばかりで不味い。
「よし。海に行くぞ。そして『海鮮』を確保する」
◇
俺たちはゲートを使い、王国の南に位置する『大海洋』へと転移した。
潮の香りが鼻をくすぐる……はずだったのだが。
「……くさっ」
ルナが鼻をつまむ。
目の前の海は、ドス黒く濁り、魚の死骸が浮いていた。
「なんですか、これ……。ヘドロの海?」
ソフィアが眉をひそめる。
どうやら、王国の工場排水や、管理不足による魔物の大量発生で、海が死にかけているらしい。
「ううっ……助けて……」
岩場の方から、か細い声が聞こえた。
行ってみると、網に絡まった一人の少女が倒れていた。
下半身は魚の尾ひれ。青い髪の美しい人魚だ。
「人魚!?」
「だ、大丈夫か!」
アリシアが網を切って助け起こす。
人魚の少女――マリーナは、涙ながらに語った。
「海が……汚れてしまって、仲間たちが病気になっているの。
それに、巨大な『毒クラーケン』が暴れていて、私たちは住処を追われて……もう絶滅するしかないわ……」
なるほど。 ここでも王国(と魔物)のせいで、貴重な水産資源がピンチというわけか。
「……おい、人魚のお姫様」
俺はマリーナの前にしゃがみ込んだ。
「お前たちの『海』、俺が新しく用意してやると言ったらどうする?」
「え?」
「毒も、外敵もいない。サンゴ礁が輝く綺麗な海だ。
そこで俺のために、毎日新鮮な魚を獲ってくれるなら、一族全員招待してやる」
「そ、そんな場所があるなら……! でも、どうやって移動を……」
俺はニヤリと笑い、海に向かって手を掲げた。
「簡単だ。ここにある『綺麗な水』と『魚』だけを選んで、転送すればいい」
管理者権限、発動。
ターゲット:周辺海域の海洋生物および、浄化された海水10億トン。
「――【海洋転移】」
ザバァァァァァァッ!!
海面が割れた。
巨大な水柱と共に、人魚の集落や魚の群れが、丸ごと空中に吸い上げられていく。
「きゃあああ! 空を飛んでるぅぅ!?」 「クラーケンだけ置いていかれたぞ!?」
俺は汚染された海水と、毒クラーケンだけをその場に残し、綺麗な部分だけをごっそりと「切り取った」。
◇
ダンジョン第80階層。
そこは、ただの広大な空洞だった場所だ。
ドバァァァァァッ!!
そこに天から大量の海水が降り注ぎ、瞬く間に「屋内・大海洋」が完成した。
天井には人工太陽。白い砂浜に、透明度抜群のエメラルドグリーンの海。
「す、すごい……! 昔の海より綺麗……!」
マリーナたち人魚族が、嬉しそうに飛び跳ねる。
一緒に転送された魚たちも、綺麗な水の中で元気に泳ぎ回っている。
「今日からここが『人魚の楽園』だ。マリーナ、お前たちはここで魚を養殖し、管理してくれ。報酬は、地上の野菜と甘い果物だ」
「はいっ! ありがとうございます、ディラン様!」
人魚たちは大喜びで了承した。
◇
その日の夜。
俺たちの食卓には、劇的な変化が起きていた。
「これが……サシ・ミ……?」
魔王ヴェルザードが、恐る恐るマグロの切り身を口に運ぶ。
「んっ……!? なんだこれは、口の中で溶けるぞ!?」
「うまい! この『焼き魚』と『日本酒(エルフ製)』の組み合わせ、最高だ!」
レオンはすでに徳利を片手に出来上がっている。
アリシアやルナも、初めて見る海鮮料理に舌鼓を打っていた。
「ん~! お魚さんも美味しいね!」
俺も久しぶりの味噌汁を啜り、ホッと息をついた。
「やっぱこれだよな」
こうして、我が国に『海産物』が加わった。
第80階層は、後に「常夏のリゾートエリア」として開放され、魔王や生徒たちが水着でバカンスを楽しむ名所となる。
一方、王国では。
海から魚が消え、残ったのはヘドロと怒り狂った毒クラーケンだけ。
漁師たちは廃業し、王国の食卓から完全に魚料理が消滅したが――まあ、俺の知ったことではない。
(第26話 終わり)




