第142話 赤ちゃん秘密結社、動く パパとママに永遠の休息(ハネムーン)を
「……あれ? 静かすぎないか?」
親バカたちのプレゼン大会から、およそ一年後。
俺は、朝の王城の廊下を歩きながら首を傾げていた。
いつもなら、剣聖レオンの稽古の声や、魔王ヴェルザードと幼児たちの「魔王体操」の音楽、そしてセレスティアの怒号が響き渡っている時間だ。
だが、今日は不気味なほどに静まり返っている。
執務室の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……バブ(おはよう、パパ。今日のスケジュールは全てキャンセルしたよ)」
執務机の奥、かつて俺が座っていた玉座(社長椅子)に、三人の幼児がふんぞり返っていた。
一人は、神の赤ちゃん(アルテミスの子)。生後一年ですでにオーク並みの体格を持ち、サングラスをかけて腕を組んでいる。
一人は、科学の赤ちゃん(ソフィアの子)。宙に浮きながら、数十のホログラム画面を同時に操作し、ダンジョンの魔力炉を完全制御している。
そして最後の一人は、先日産まれたばかりの秘書の赤ちゃん(メルの子)。おしゃぶりを咥えながら、猛烈なスピードで決裁書類にハンコを押しまくっていた。
「お、お前たち……! 何をしてるんだ!?」
「バブー!(クーデターだ!)」
神の赤ちゃんが力強く宣言した。
俺が呆然としていると、背後から妻たちがドヤドヤと駆け込んできた。
「ディラン様! 大変ですわ、ダンジョンの管理権限が全てロックされました!」
「システムがハッキングされてるぞ! 私のパスワードが突破された!」
セレスティアとソフィアが青ざめている。
俺の妻たち――この世界最強のチート集団が、完全に手玉に取られていた。
「どういうことだ、お前たち! 反抗期にはまだ早いぞ!」
俺が問い詰めると、幼児たちは顔を見合わせ、ふふっと笑った。
「……バブ(反抗期じゃないよ、パパ。これは『親孝行』だ)」
科学の赤ちゃんが、空中に巨大なスクリーンを展開した。
そこに映し出されたのは、俺の『過労死寸前のスケジュール帳』と、妻たちの『育児ストレス指数』のグラフだった。
「パパもママたちも、この一年働きすぎたバブ。……だから、僕たちが『秘密結社』を作って、この国の運営を引き継ぐことにしたんだ」
「ひ、引き継ぐって……お前らまだ1歳とかだぞ!?」
「バブバブ!(筋肉と頭脳と事務能力が揃っている! 問題ない!)」
神の赤ちゃんが力こぶを見せ、秘書の赤ちゃんが「すでにむこう10年分の国家予算を編成し終えましたバブ」と書類を掲げる。
有能すぎる。
親の最強遺伝子とチート能力を掛け合わせた結果、彼らはたった一年で「国家運営」をマスターしてしまったのだ。
「……というわけで」
カチャッ。
突然、床が開き、俺と妻たちはガラス張りの『カプセル』に閉じ込められた。
「な、なんだこれ!?」
「お主ら、我を誰だと……開かぬ! 魔王の全力パンチでも開かぬぞ!?」
ヴェルザードが叩いても、アリシアが剣で斬っても、カプセルは傷一つ付かない。
「……バブ(それは対神格用オリハルコン・ガラス。パパたちは今から、強制的に『無期限の新婚旅行』に出発してもらうよ)」
科学の赤ちゃんがボタンを押す。
ゴゴゴゴゴ……!
カプセルが王城の天井を突き破り、ダンジョン上空に待機していた巨大な『超豪華客船(飛空艇)』へと吸い込まれていく。
「ちょ、ちょっと待て! 国はどうなるんだ!? レオンたちは!?」
「バブ(レオンおじさんたちは、僕たちが立派な『社畜』として使い潰すから安心してね! いってらっしゃーい!)」
幼児たちが、下から無邪気に手を振っている。
そして飛空艇は、凄まじい推進力でダンジョン国を飛び立ち、青い空の彼方へと発進した。
広々とした飛空艇のスイートルーム。
ポツンと残された俺と、6人の最強の妻たちは、顔を見合わせて固まった。
「……やられましたわね」
セレスティアが、ふっと息を吐いて眼鏡を外した。
「……ああ。完全に、子供たちに出し抜かれた」
俺はベッドに大の字で倒れ込んだ。
だが、不思議と怒りは湧いてこなかった。
むしろ、肩の荷がスッと降りたような、心地よい疲労感だけがあった。
「……仕方ありませんね。子供たちの厚意に甘えましょうか」
ノエルがクスクスと笑い、アリシアが俺の隣にダイブしてくる。
こうして、遊び人の俺とチートな妻たちの、世界を巡る『終わらない新婚旅行』が、唐突に幕を開けたのだった。




