第139話 深淵の底で待っていたもの その卵、取扱注意につき
「パパ! 見て見てー! すごいの拾ったよ!」
ダンジョンの未踏破区域『深淵の底』。
神の赤ちゃん(アルテミスの子)と魔物の幼児たちが、巨大な『何か』を囲んでキャッキャと騒いでいた。
駆けつけた俺とメル、そして後から合流した魔王ヴェルザードは、その光景を見て息を呑んだ。
そこにあったのは、大人の背丈ほどもある巨大な『卵』だった。
だが、ただの卵ではない。
表面には幾何学的な魔方陣が浮かび上がり、ドクン、ドクンと心臓の鼓動のような重低音を響かせている。
周囲の空間から、凄まじい勢いで魔素を吸収し、七色に発光していた。
「な、なんじゃあれは……!? ドラゴンの卵か? いや、それにしては魔力の質が異質すぎるぞ!」
ヴェルザードが警戒して構える。
俺のスキル【鑑定】も、『測定不能』を吐き出し続けている。
「おい、みんな! 離れろ! 爆発するかもしれないぞ!」
俺が子供たちを庇おうとした、その時だった。
ヒュンッ!
空間転移の魔法陣が開き、白衣を翻した第4夫人――大賢者ソフィアが飛び出してきた。
「待て! 攻撃するなヴェルザード! それは……それは私の『最高傑作』だ!」
「ソフィア!?」
ソフィアは肩で息をしながら、目の前の巨大卵を見て、青ざめ……そして歓喜に震えた。
「ああ……! まさかこんな所にあったとは! てっきり実験失敗で消滅したと思っていたが……!」
「実験? どういうことだ?」
俺が尋ねると、ソフィアは眼鏡を光らせて説明を始めた。
「数ヶ月前だ。……子供たちが私の研究室に侵入し、鬼ごっこをしたことがあっただろう?」
「ああ、あったな。フラスコを割って大変だった」
「その時だ。……培養槽で育成中だった『検体番号001』が紛失していたのだよ」
「検体……?」
嫌な予感がする。
ソフィアは、愛おしそうに巨大卵を撫でた。
「ディラン。お前との『実験デート』は失敗続きだったが……私は諦めていなかった。科学と魔法の融合により、愛の結晶……つまり『私たちの子供』を作ろうとしていたのだ!」
「はぁぁぁぁ!?」
俺とメル、ヴェルザードの声が重なった。
「こ、子供って……俺、覚えがないぞ!?」
「当然だ。お前の髪の毛から採取したDNAと、私の魔力因子を掛け合わせ、人工子宮(培養ポッド)で育てていたのだからな」
マッドサイエンティストの発想だった。
「だ、だが、あの時は鶏の卵くらいの大きさだったはずじゃぞ?」
ヴェルザードがツッコむ。
「うむ。だが、子供たちがこれを『おもちゃ』として持ち出し、あろうことかダンジョン最深部の『魔力溜まり』に隠していたようだ」
ソフィアが分析デバイスを卵にかざす。
「……信じられん。深淵の底の超高濃度魔素を数ヶ月間も吸収し続け、自己進化を繰り返している。……今のこの卵のエネルギー量は、魔王クラス……いや、神に匹敵する!」
ピキッ。
その言葉を合図にするかのように、卵の殻に亀裂が入った。
まばゆい光が溢れ出す。
「うわっ! 産まれるぞ!」
「全員、衝撃に備えろ!」
俺が叫び、ヴェルザードが結界を張り、メルが子供たちを抱きかかえる。
パリーンッ!!
美しい音と共に、卵が砕け散った。
中から現れたのは、恐ろしい怪物でも、ドラゴンでもなかった。
光の粒子を纏い、宙に浮く、銀髪の赤ん坊だった。
見た目は、俺とソフィアの特徴を色濃く受け継いでいる。
だが、その背中には、魔法陣で構成された『翼』が展開され、瞳には、高速で流れる『演算コード』が輝いていた。
「……バブ(起動シークエンス完了)」
赤ん坊が喋った。
いや、電子音声のようなテレパシーが響いた。
「……認識。個体名:パパ(ディラン)。個体名:ママ(ソフィア)。……および、その他生体反応多数」
赤ん坊は、空中にホログラムウィンドウを展開し、俺たちのステータスを瞬時に解析し始めた。
「な、なんだこの赤ちゃん……!?」
俺が呆然としていると、ソフィアが涙を流して駆け寄った。
「おお……! 成功だ! 知力、魔力、可愛さ……全てが計算値を凌駕している! これぞ私が求めた『究極の生命体』!」
ソフィアが手を伸ばすと、赤ん坊はふわりと彼女の腕に収まった。
「……ママ。抱擁圧力が最適値より2%高い。修正を推奨」
「生意気な口を! 可愛い奴め!」
ソフィアは頬ずりをする。
どうやら、マッドな親子愛が成立したようだ。
「……ディランよ」
ヴェルザードが、遠い目で俺の肩を叩いた。
「また一人、とんでもない家族が増えたな」
「……ああ」
俺は天を仰いだ。
神の子供に続き、今度は『魔導科学の申し子』が誕生してしまった。
アルテミスの子が『破壊神』なら、この子は『支配者』になるだろう。
子供たち(元凶)は、「赤ちゃん増えたー!」と無邪気に喜んでいる。
こうして、我が家のカオスな育児生活に、新たな(そして最も手のかかりそうな)メンバーが加わったのだった。
(第140話:天才赤ちゃんの英才教育。……生後0日で言葉を理解するソフィアの子。保育園の積み木で『核融合炉』を作り始め、神の赤ちゃんと言い争いになる?)
※注:予告は執筆中にさらなるアイデアのために変更することがあります。むしろ予告通りにならないことが多々ありますのでご了承ください。




