第137話 黒幕の休日 『可愛い』は計算ですか? それとも……
「……ディラン様? どうなさいましたの? そんなに警戒して」
王城のプライベートガーデン。
夜風が心地よいガゼボ(西洋風の東屋)の中で、俺は戦慄していた。
目の前にいるのは、第1夫人にして、この国の影の支配者セレスティアだ。
だが、今の彼女はいつもの「鉄の女」ではなかった。
トレードマークの銀縁眼鏡を外し、髪を緩く下ろしている。
そして何より、俺の腕に密着し、上目遣いで甘えてきているのだ。
「い、いや……だって、おかしいだろ。セレスティアが仕事の話をしないなんて」
俺は冷や汗を流しながら言った。
普段の彼女なら、この時間は「月次決算の報告」か「新規事業の提案(悪巧み)」をしてくるはずだ。
なのに、今の彼女は……。
「もう。……夫婦水入らずの時間に、お仕事の話なんて野暮ですわ」
彼女は、俺の肩にコツンと頭を預けた。
「今はただ……貴方の温もりを感じていたいのです」
「っ!?」
甘い。
甘すぎる。
あの「金にがめつい」セレスティアが? 「効率こそ正義」のセレスティアが?
俺の脳内警報が最大音量で鳴り響く。
(罠だ! 絶対に何かある! この後に『壺』を買わせる気か!? それとも『超高額な保険』への加入か!?)
俺は身構えた。
「セ、セレスティア。……欲しいものがあるなら言ってくれ。予算なら組むから」
「ふふ。……欲しいものは、ありますわよ?」
彼女は妖艶に微笑み、俺の耳元に唇を寄せた。
「……貴方ですわ、ディラン様♡」
ドクンッ!!
俺の心臓が跳ね上がった。
計算高い女だと分かっているのに。
裏があると知っているのに。
眼鏡を外した素顔の破壊力と、普段は見せない「弱さ」を演出するあざとさに、俺の理性は粉砕された。
「……あ、ああ。……俺もだよ」
俺は陥落した。
その夜、俺たちはそのまま寝室へと雪崩れ込んだ。
そこからの彼女は凄まじかった。
いつもの事務的な夜ではない。
「ねぇ、抱っこして?」「もっとキスして?」と、恥じらいを含んだ少女のような可愛さと、手練手管を知り尽くした大人の魅力を、絶妙なバランスで交互に浴びせてくる。
俺は、嵐のような快楽の中で意識を手放した。
◇
翌朝。
チュンチュン……。
小鳥のさえずりと共に、俺は目を覚ました。
体は鉛のように重い。魔力も体力も、根こそぎ持っていかれた感覚だ。
「……うぅ……。生きてるか、俺……」
俺が重い瞼を開けると、サイドテーブルの向こうに、すでに着替えを済ませたセレスティアが座っていた。
彼女はいつもの銀縁眼鏡をかけ、電卓を片手に書類をチェックしていた。
昨夜の甘い雰囲気は微塵もない。完全なる「管理者モード」だ。
「おはようございます、ディラン様。……昨夜は『大変』お疲れ様でした」
彼女は書類から目を離さずに言った。
「あ、ああ……。すごかったな、昨日は……」
俺はベッドから這い出し、彼女の手元にある書類を覗き込んだ。
そこには、衝撃的なタイトルが書かれていた。
【検証データ:『可愛いは正義』×『大人の色香』による、ターゲット(夫)の支配率向上および、財布の紐の緩みに関する実証実験】
「……は?」
俺は固まった。
書類には、昨夜の俺の心拍数、思考停止時間、そして「YES」と言った回数がグラフ化されていた。
「セ、セレスティア!? お前、昨日のあれは……データ取りだったのか!?」
俺が叫ぶと、セレスティアは眼鏡をクイッと押し上げた。
「ええ、そうですわ。……最近のディラン様は、ノエルさんの『バブみ』やアリシアさんの『物理』に押され気味でしたから。……私も『新商品』の開発が必要かと」
「そ、そんな……! 全部演技だったのか!?」
俺は膝から崩れ落ちた。
あの甘い囁きも、潤んだ瞳も、すべてはビジネスのための演出だったのか。
やはりこの女は、血も涙もない魔女(黒幕)なのだ。
だが。
俺が絶望していると、セレスティアがふと書類を伏せた。
そして、眼鏡越しに、いたずらっぽい瞳で俺を見つめた。
「……でも」
「え?」
「昨夜、私が『貴方が欲しい』と言った時。……心拍数が上がったのは、ディラン様だけではありませんでしたわよ?」
彼女の頬が、ほんの少しだけ朱に染まっている。
「……え?」
俺が聞き返そうとすると、彼女は人差し指を自分の唇に当てた。
「ふふ。……どこからが計算で、どこからが本音か。……それは、秘密ですわ♡」
彼女はウインクを一つ残し、颯爽と執務室を出て行った。
残されたのは、抜け殻のような俺と、甘い残り香だけ。
結局、俺は彼女の手のひらの上だ。
計算なのか、本気なのか。
その境界線をあやふやにして、男を永遠に追いかけさせる。
それこそが、セレスティアという最強の「謎多き美女」の正体なのだと、俺は骨の髄まで思い知らされたのだった。
(第138話:子供たちの大冒険! ……「パパの誕生日プレゼントを探しに行く!」と張り切る神の赤ちゃんと魔物幼児たち。彼らが目指したのは、ダンジョン未踏破区域『深淵の底』だった!?)
※注:予告は執筆中にさらなるアイデアのために変更することがあります。むしろ予告通りにならないことが多々ありますのでご了承ください。




