第135話 大賢者の恋愛実験 その『ドキドキ』はエラーです
アリシアとの『絶対防御デート(という名の密着監禁)』を終え、俺は王城の廊下で一息ついていた。
体中の関節が痛い。
愛が重いとは比喩表現だが、物理的に体重をかけられ続けると、愛は鈍痛に変わることを知った一日だった。
「さて、執務室に戻って少し休むか……」
俺が角を曲がろうとした、その時だった。
カツ、カツ、カツ……。
規則正しい足音と共に、白衣を翻した女性が立ちはだかった。
第4夫人にして、国立ダンジョン学園の学長――大賢者ソフィアだ。
彼女は片手に分厚いバインダー、もう片手に怪しく発光する『聴診器』のような魔道具を持っていた。
「……遅いぞ、ディラン」
彼女は眼鏡のブリッジをくいっと押し上げ、不満げに口を尖らせた。
「え、ソフィア? どうしたんだ、そんな装備で」
「データ収集だ」
彼女は俺の胸元に聴診器を押し当てた。
「アリシアとの接触における、お前の心拍数、発汗量、ホルモン分泌の変化……全て計測させてもらった」
「怖っ! 監視してたのか!?」
「当然だ。……あのような原始的な『密着』で、お前の好感度が上昇したというデータ。……興味深い」
ソフィアはバインダーに何かを書き込みながら、ジッと俺を見つめた。
「ディラン。……私もだ」
「ん?」
「私とも『実験』を行え。……今すぐだ」
彼女の頬が、ほんのりと赤く染まっていた。
どうやら彼女なりに、アリシアに対抗心を燃やし、寂しがっていたらしい。
「ああ、いいぞ。……でも、実験って何をするんだ?」
「ついて来い。……『恋愛の最適解』を見せてやる」
◇
連れてこられたのは、ダンジョン第50階層にある『夜景の見える展望台』だった。
ここはカップルに人気のスポットだ。
だが、今の俺たちの周りには、ムードのかけらもなかった。
「……ソフィア。この頭につけられた『電極』は何だ?」
「脳波測定機だ。……お前が私に『萌え』を感じた瞬間を可視化する」
「この首輪は?」
「発汗センサーだ。……嘘をついたら電流が流れる」
「デートじゃなくて尋問だろ!!」
俺は全身にコードを繋がれ、まるで人造人間のような姿でベンチに座らされていた。
対するソフィアは、白衣の下に勝負服(少し露出度の高いワンピース)を着ているのだが、手にはタブレット端末を持ち、常にグラフをチェックしている。
「では、実験開始だ。……プランA、『吊り橋効果』の検証」
ソフィアが指を鳴らす。
ズズズズズ……!
展望台の床が抜け、俺たちは地上数百メートルの空中に放り出された。
「うわあああああ!?」
俺が落下する寸前、ソフィアが【重力魔法】で俺の手を掴んだ。
「……どうだ? 死の恐怖と、私に救われた安堵感。……ドキドキするか?」
「寿命が縮むわ!! 心臓バクバクだよ!」
「ふむ。心拍数200オーバー。……効果ありだな」
「それは愛じゃない! 恐怖だ!」
ソフィアは満足げに頷き、俺たちを床に戻した。
「次はプランB、『餌付け』によるドーパミン分泌の誘発だ」
彼女はバスケットから、手作りのお弁当を取り出した。
……見た目は普通だ。サンドイッチに、唐揚げ。
だが、俺のスキル【鑑定】が警告を発している。
「……ソフィア。この唐揚げ、光ってるぞ?」
「ああ。味覚中枢を直接刺激する『味の素(魔力濃縮版)』を添加した。……これを食べれば、お前は私の料理の虜になるはずだ」
「薬物中毒にする気か!?」
「あーん」
ソフィアが唐揚げを差し出す。
俺は覚悟を決めて食べた。
バチバチバチッ!!
口の中で爆発が起きた。美味いとか不味いとかではない。脳に直接「快楽信号」が送られてくる味だ。
「……どうだ?」
「……うま……い……?」
「よし。依存性確認。……これで胃袋は掴んだな」
「掴み方が強引すぎる!」
◇
その後も、ソフィアの実験は続いた。
『壁ドン』の角度を分度器で測りながら迫ってきたり、『膝枕』の最適な硬さを求めて太ももの筋肉を硬直させたり。
俺はヘトヘトになっていた。
「……おかしい」
夕暮れ時。
ソフィアが、グラフを見ながら眉をひそめた。
「全ての数値は計算通りだ。……なのに、お前の『幸福度』のパラメータが、アリシアの時ほど上がっていない」
彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「なぜだ? 効率的なデートコース、科学的に美味しい食事、計算されたスキンシップ……。完璧なはずなのに」
「……ソフィア」
俺は、体につけられたコードを引きちぎった。
「ディラン!? 測定が……」
「計算なんかいらないんだよ」
俺は、彼女の手からタブレットを取り上げ、ベンチに置いた。
そして、驚く彼女の手をそっと握った。
「……え?」
「お前は賢いけど、バカだな。……愛なんていう不確定なものを、数字で縛ろうとするからエラーが出るんだ」
俺は彼女を引き寄せ、肩を抱いた。
ただ、それだけ。
夕日が沈み、ダンジョンの人工星空が輝き始める。
静寂。
機械の音も、計算の声もしない。
ただ、二人の体温だけが伝わる時間。
「……っ」
ソフィアの顔が、夕日よりも赤くなった。
彼女の目から、いつもの冷静な理性が消え、ただの恋する乙女の瞳になる。
ピピピッ! ピピピッ!
ベンチに置いたタブレットが、警告音を鳴らし始めた。
【警告:ソフィアの心拍数、測定不能。体温上昇、思考回路停止。……システムエラー発生。原因不明のバグ(愛)を検出しました】
「……うるさい」
ソフィアは魔法でタブレットを粉砕した。
そして、俺の胸に顔を埋めた。
「……計算違いだ。……こんなの、教科書には載っていなかった」
「ああ。俺たちの出会い(バグ)と一緒さ」
俺たちは笑い合った。
理論も理屈も通用しない。
大賢者が唯一解けない数式、それが俺たちの関係だった。
翌日。
ソフィアが「昨夜のデータのバックアップが取れていなかった! もう一度だ!」と騒ぎ出し、再び実験台にされかけたのは言うまでもない。
(第136話:癒やしの聖女、ブチ切れる。……「みんな私を忘れていませんか?」と微笑むノエル。その背後に『巨大注射器』が見えた時、俺たちは逃げ出した)
※注:予告は執筆中にさらなるアイデアのために変更することがあります。むしろ予告通りにならないことが多々ありますのでご了承ください。




