第121話 神獣たちの午睡、そして女たちの密約
我が家に新たな居候、秘書天使メルと、神獣レオンが増えてから数日が経った。
庭の方では、早くも奇妙な友情が芽生えていた。
「わふ(こっちの肉がうまいぞ)」
「グルル(ほう、これは絶品だな)」
ポチとレオンが、仲良く日向ぼっこをしている。
最初は「誇り高き天界の獅子が、地上の狼風情と馴れ合うなど」と鼻を鳴らしていたレオンだったが、ポチが隠していた極上の干し肉を分け与えた瞬間、あっさりと陥落した。
今では二匹(?)重なるようにして、芝生の上で巨大な毛玉となって昼寝をしている。
ポチの背中にレオンが顎を乗せ、レオンの翼がポチを日差しから守る。 見た目は神々しいのに、やっていることは完全にただのペット同士のじゃれ合いだ。
たまに俺が通りかかると、二匹同時にヘソ天で腹を見せ、「撫でろ」と催促してくる始末である。
◇
一方、家の中では少々不穏な空気が流れていた。
台所にて、俺の愛する妻――セレスティアを中心としたヒロインたちが、ヒソヒソと作戦会議を開いていたのだ。
「……これ以上、食い扶持が増えるのは家計に響くわ」
「そうね。ただでさえアルテミス様と天使長様がエンゲル係数を上げているのに」
「あの秘書天使さんだけでも、お引き取り願わないと」
セレスティアの主張はもっともだ。 アルテミスとミカエルは、もう手遅れ(完全にダメになっている)だが、メルだけはまだ「仕事に戻らねば」という理性を辛うじて残している。
彼女を説得し、ついでに上司二人を連れ帰ってもらう。それが妻たちの作戦だった。
◇
「……失礼します、メルさん」
セレスティアたちは、客間で眉間に皺を寄せて書類(という名のアイスのカタログ)を眺めているメルに声をかけた。
メルはビクッと体を震わせ、慌ててカタログを隠して居住まいを正す。
「あ、ああ、セレスティア様……貴女がたでしたか。何か?」
眼鏡を押し上げ、できる女のポーズを取り繕うメル。 セレスティアが、やんわりと切り出した。
「単刀直入に言いますけど……そろそろ、天界のお仕事に戻らなくて大丈夫なんですか?」
それは「帰れ」という遠回しな勧告だった。
しかし、メルの反応は予想外のものだった。 彼女は深いため息をつき、肩をがっくりと落としたのだ。
「……帰りたいのは山々です。ですが……あの上司を見てください」
彼女が指差した先では、ミカエルがこたつでミカンを足の指で剥こうとして失敗し、アルテミスに爆笑されていた。
「私が何度言っても聞かないんです。『あと5分』『明日から本気出す』……天界にいた頃からそうです。書類仕事は全て私に押し付け、自分は下界の視察という名目でサボり……私は、私はもう……!」
メルの目から、キラリと涙がこぼれた。
その瞬間、セレスティアたちの表情が変わった。 敵意が消え、同情と共感が浮かび上がる。
「……もしかして、苦労されてるんですか?」
「苦労なんてものではありません! あの人の尻拭いで私の有給は消滅し、婚期も遅れ……っ!」
バンッ! と机を叩くメル。 セレスティアが、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。
「わかります……うちの旦那も、似たようなものですから」
「えっ?」
「『最強の武器を作る』とか言って、変なガラクタばかり作って家計を圧迫するし……」
「『素材集めに行く』と言って、ただピクニックして帰ってくるし……」
「男の人って、どうしてあんなに子供っぽいんでしょうね」
「……!」
メルの瞳が大きく見開かれた。 そこにいたのは、敵ではなく「同志」だった。
「……セレスティア様も、ご苦労されているのですね……」
「ええ、お互いに。……よかったら、これ食べます? 旦那が隠してた高級羊羹なんですけど」
「……いただきます。……あの、愚痴、聞いてもらってもいいですか?」
「もちろんです。今日は朝まで語り明かしましょう」
◇
数時間後。
俺が客間を覗くと、そこには空になった酒瓶と、ガッチリと握手を交わす妻たちとメルの姿があった。
「姐さん! ついていきます!」
「任せなさいメルちゃん! 男どもの手綱の握り方、徹底的に教えてあげるわ!」
「まずはあの駄天使たちの経費削減からね!」
完全に意気投合していた。 というか、何やら「対・ダメ男同盟」のようなものが結成されている気がする。
俺とミカエルは、背筋に冷たいものを感じて顔を見合わせた。
「……なぁ主殿、なんか寒気がしないか?」
「……ああ、奇遇だな天使長。俺もだ」
庭では神獣たちが平和に眠り、室内では最強の婦人会が爆誕する。
俺たちの平穏なスローライフに、また新たな火種……いや、嵐が巻き起ころうとしていた。




