第117話 女神降臨と神聖なるマーキング 『ポチ』は誰のもの?
「ポチ、お座り」
「ワン!」
「お手」
「ワン!」
「伏せ」
「くぅ~ん」
王城の中庭にて、俺はポチ(元・災厄の魔獣フェンリル)の散歩中だった。 かつて世界を絶望させた銀狼は、今や近所の子供たちにも撫で回される、愛すべきマスコットとなっていた。 しつけも完璧だ。
「よしよし、いい子だ。……ん?」
その時、上空から神々しい光が降り注いだ。 雲が割れ、天使のラッパ(幻聴)と共に、一人の女性が舞い降りてきた。
純白のドレス、黄金の髪、背中には大きな翼。 どう見ても『女神』だ。
「……見つけましたよ」
女神は地面に降り立つと、凛とした声で告げた。
「我は獣の女神『アルテミス(仮)』。……かつて地上に遣わし、封印されてしまった我が愛しき眷属、フェンリルを迎えに来ました」
彼女の視線が、俺の足元で腹を出しているポチに向けられる。
「おお、可哀想に……。人間に飼い慣らされ、野生を失ってしまうなんて。……さあ、おいでフェンリル。私の胸で、かつての誇り高き魂を思い出すのです」
女神が両手を広げた。 感動的な再会シーンだ。 本来なら、ポチは涙を流して女神の元へ駆け寄るはずだ。
「……ワン?」
ポチは首を傾げた。 そして、女神の方へトコトコと歩いて行った。
「そう、いい子です。……さあ、帰りましょう」
女神が慈愛に満ちた笑顔で待ち受ける。 ポチは女神の足元まで来ると、フンフンと匂いを嗅ぎ始めた。
「あら? 甘えん坊さんですね。……私の神気が懐かしいのですか?」
女神は嬉しそうに微笑んだ。 だが、俺は見てしまった。 ポチの目が、獲物(電柱)を見つけた時のそれになっていることを。
「あ、おい! 待てポチ! それはダメだ!」
俺が叫ぶのと同時だった。 ポチは女神の美しいドレスの裾に近づき、クルッと後ろを向くと、後足の片方を高々と上げた。
ジョボボボボボ……。
「……え?」
女神の笑顔が固まった。 神聖なる静寂の中に、水の流れる音だけが響き渡る。
「ワフッ!」(マーキング完了!)
ポチはスッキリした顔で、後ろ足で地面(女神のドレス)をケッ、ケッと蹴って砂をかけた。 それは、完全に「ここ、俺の縄張りな」という宣言だった。
「…………」
女神が震えだした。 純白のドレスに広がる、黄色いシミ。 神聖なオーラが、一瞬にしてどす黒い殺気へと変わった。
「……き、貴様ァァァァァ!!」
ドゴゴゴゴゴ!!
女神がブチ切れた。 背後から阿修羅のようなオーラが噴き出し、天候が嵐に変わる。
「わ、私が……女神であるこの私が……! 犬の……犬のトイレにされただとぉぉぉ!?」
「す、すみません女神様! こいつ、まだトイレトレーニング中で!」
俺は慌てて謝ったが、女神の怒りは収まらない。
「ええい黙れ! こんな……こんな恥知らずな駄犬はフェンリルではない! ただの汚らわしい獣です! 浄化してやります!!」
女神が手から『神罰の雷』を生成した。 本気で消し炭にする気だ。
「キャウン!」(パパ、助けて!)
ポチが俺の足の間に隠れる。 さっきまでの威厳はどこへやら、完全にビビっている。
「くそっ、やるしかないか!」
俺はポチを庇って前に出た。
「待ってくれ女神様! これは……そう、親愛の情だ! 犬にとって、マーキングは『大好き』の証なんだ!」
「嘘をおっしゃい! どう見ても『ここは俺の場所』という所有権の主張でしたよ!?」
「その通りだ! つまりポチは、貴女を『自分の所有物(家族)』だと認めたんだ! ……なぁ、ポチ?」
「ワン!」(そうだワン!)
ポチが調子良く吠える。
「……え? そ、そうなのですか?」
女神の手が止まった。 チョロい。この女神、意外と押しに弱いかもしれない。
「そうですとも。……貴女の神々しい香りに刺激されて、つい本能が出てしまったのです。……ほら、ポチ。お詫びに『舞い』を見せてやれ」
俺が合図すると、ポチは二本足で立ち上がり、クルクルと回って、最後に「テヘペロ」のポーズをした。
ズキューン!
女神のハートが撃ち抜かれた。
「か……可愛いです……」
怒りのオーラが霧散した。 彼女はシミのついたドレスのことなど忘れ、ポチの頭を撫で回した。
「仕方ありませんね。……今回は許しましょう。ただし! この子の教育係として、私もこの城に滞在します! いいですね!?」
「は、はい……」
こうして、ポチの粗相が原因で、厄介な(そしてチョロい)女神様まで居候することになってしまった。 ダンジョン国は、魔王、フェンリル、そして女神まで住み着く、カオスな神話生物のサラダボウルと化していくのだった。
(第118話:女神様は現代知識ゼロ。……トイレ(水洗)に感動し、ウォシュレットに攻撃魔法で対抗する?)
※注:予告は執筆中にさらなるアイデアのために変更することがあります。むしろ予告通りにならないことが多々ありますのでご了承ください。




