第108話 王城決戦! 8人同時出産とパパの失神
「……あ」
その瞬間は、唐突に訪れた。 昼下がりのティータイム。 セレスティアがカップを落とし、ヴェルザードが眉をひそめ、ノエルがお腹を押さえた。
「……来ましたわ」
「うむ。……陣痛じゃ」
「生まれそうです~!」
同時だった。 まるで申し合わせたかのように、5人の妻たち、そして別室にいたシーラたち3人も含め、計8人の陣痛が始まったのだ。
「えええええ!? 全員同時かよ!?」
俺は叫んだ。 そこからは、まさに戦場だった。
「総員、第一種戦闘配置! 『出産シフト』へ移行せよ!」
王城の廊下を、医師団と助産師が走り回る。 普段は静かな王城が、巨大な『野戦病院』と化した。
「お湯だ! 大量のお湯を沸かせ!」 「回復ポーションの在庫を持ってこい!」 「タオルが足りない! 最高級シルクの新品を蔵から出せ!」
レオンたち男連中もパニックだ。
「ど、どうすればいいんだ! 俺は何をすれば!」 レオンがオロオロと廊下を往復している。
「落ち着け! まずは深呼吸だ! ヒッヒッフー!」 イグニスがなぜか自分でラマーズ法をやっている。
「……俺は、祈る」 ザインが壁に向かって祈祷を始めた。
「お前ら邪魔だ! 廊下の隅で震えてろ!」
俺は一喝し、妻たちの部屋へと走った。 だが、問題があった。 5人の妻たちは、それぞれ個室に入っている。 俺の体は一つしかない。
「ディラン様ぁ! 手を握っていてください!」(アリシアの部屋) 「ディラン! 余のそばにおれ!」(ヴェルザードの部屋) 「パパ~! 怖いです~!」(ノエルの部屋)
四方八方から呼ばれる。
「くそっ! やるしかない!」
俺は覚醒した。 火事場の馬鹿力による『超高速移動(反復横跳び)』の発動だ。
シュバッ!
「大丈夫だアリシア! 俺はここにいる!」 (10秒後) 「ヴェルザード! 頑張れ、あと少しだ!」 (10秒後) 「セレスティア! 呼吸を整えて!」
俺は音速で5つの部屋を循環し続けた。 残像が見えるレベルだ。 医師たちも「陛下が5人いる!?」と錯覚するほどの神速。
「うぅ……っ! 痛い……!」
妻たちの悲痛な声が響く。 魔王や聖騎士として無敵を誇る彼女たちが、汗だくになり、苦痛に耐えている。 命を産み出すという行為が、どれほど壮絶で、命懸けなことか。
「頑張れ……! 頑張ってくれ……!」
俺は無力だった。 手を握り、汗を拭い、声をかけることしかできない。 自分の無力さが歯痒い。 代わってやりたいが、それは叶わない。
そして数時間の激闘の末。
「オギャアアアア!!」
最初の産声が上がった。 それを皮切りに、次々と元気な声が城内に響き渡る。
「生まれました! 元気な男の子です!」 「こちらは双子の女の子です!」 「玉のような……いえ、天使のような赤ちゃんです!」
俺は、最後に生まれたノエルの部屋に滑り込んだ。 そこには、疲れ果てながらも、神々しいほどの笑顔で小さな命を抱くノエルの姿があった。
「パパ……見てください。私たちの、赤ちゃんですよ……」
「おお……」
俺は震える手で、我が子に触れた。 温かい。柔らかい。 そして、圧倒的な『生命』の重み。
5つの部屋、すべての母子無事を確認した瞬間。 俺の中で張り詰めていた緊張の糸が、プツンと切れた。
「……よかったぁ」
視界が白くなる。 安堵と、疲労と、幸福感のキャパシティオーバー。
「あ、陛下!?」
「ディラン様!」
俺は幸せな喧騒を聞きながら、床へと静かに沈んでいった(気絶)。
…… …………
数時間後。 俺が目を覚ますと、ベッドの周りには、少しやつれたけれど幸せそうな妻たちと、8つのベビーベッド(レオンたちの子含む)が並んでいた。
「気がつきましたか、新米パパさん」
セレスティアが、赤ちゃんを抱きながら微笑んだ。
「面目ない……。一番大事なところで気絶するなんて」
「ふふ。5人分走り回っていたのですから、仕方ありませんわ。……ご苦労様でした」
俺は起き上がり、並んでいる赤ちゃんたちを見た。 どの子も個性的だ。 翼が生えていたり、魔力が溢れていたり、すでに眼鏡をかけていそうな賢そうな顔をしていたり。
「可愛いな……」
「ええ。……ですが、これからが本番ですわ」
セレスティアの目が、キラーンと光った。 彼女はサイドテーブルから、すでに書き上げられた『新規事業計画書』を取り出した。
「今回の出産で痛感しました。……既存の服や道具では、不便すぎます」
「というと?」
「まず『マタニティウェア』。お腹が大きくてもお洒落で、かつ魔法防御が高い服がありません。……作ります」
「次に『産後ケア』。出産後の女性の体型戻しや、骨盤矯正を行う専門エステと、特製クリームの開発。……これは全女性の悲願です」
「そして……」
彼女は、廊下で我が子を見てニヤニヤしているレオンたちを指差した。
「『イクメン・グッズ』です。……男親が育児に参加しやすいよう、カッコよくて機能的な抱っこ紐や、パパ専用の魔導バッグを展開します。……レオン様たちを広告塔にすれば、飛ぶように売れるでしょう」
産後数時間で、すでに彼女の頭の中では『ダンジョン・ベビー・コレクション』の構想が出来上がっていた。
「……さすがだな、セレスティア。転んでもただでは起きない」
「当然ですわ。……この子たちの未来のために、世界中の親御さんからお金を……いえ、感謝を集めるのですから」
俺は苦笑いし、自分の子供の指をそっと握った。 この指が掴む未来は、きっと騒がしくて、豊かで、最高に楽しいものになるだろう。
「ようし! パパも頑張るぞ! まずは……オムツ替えの練習からだ!」
こうして、ダンジョン国は新たなフェーズへ突入した。 最強の戦士たちが『イクメン』へと進化し、世界中に『パパの育児革命』を巻き起こす、新たな伝説の始まりだった。




