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第103話 地獄の工事現場 『ツルハシの勇者』誕生の刻

「……おい。起きろ、新人」


 ドスッ、と脇腹を蹴られて、勇者アレクは目を覚ました。


「う……ここは……天国か?」


「いや、第80階層。『灼熱の道路拡張工事現場』だ」


 アレクが目を開けると、視界一面が真っ赤だった。 煮えたぎるマグマの川。 吹き荒れる熱風。 そして、その中を我が物顔で闊歩する、巨大な魔獣たち。


「ひぃぃぃ!? なんだここ! 魔界か!?」


 アレクは飛び起きた。 横では、聖女リナや賢者も、煤だらけになって震えている。 彼らの装備は剥ぎ取られ、代わりに『安全第一』と書かれたヘルメットと、灰色の作業着を着せられていた。


「ようこそ、俺たちの職場へ」


 声をかけてきたのは、筋骨隆々の男だった。 日に焼けた肌、傷だらけの腕、そして死んだように虚ろだが、芯の通った目。


「お、お前は……戦士レオン!?」


 アレクは驚愕した。 かつてパーティーを抜け、ディランについて行った脳筋戦士。 だが、今の彼は違った。纏っているオーラが、以前とは桁違いに重い。


「久しぶりだな、アレク。……ディラン陛下から連絡は受けている。『使い物にならない粗大ゴミ』が入荷したってな」


「ご、ゴミだと!? 俺は勇者だぞ! こんな服、今すぐ脱いでやる!」


 アレクがヘルメットを投げ捨てようとした、その時。


 グオォォォォン!!


 地面を割り、全長20メートル級の『アダマン・ワーム(鋼鉄ミミズ)』が飛び出した。 口には無数の牙が並び、アレクたちを丸呑みにしようと迫る。


「うわあああ! 魔王級のモンスターだ! 聖剣! 聖剣はどこだ!」


 アレクが腰を探るが、あるのは安っぽいスコップだけだ。 魔法使いも杖がないため、パニックになって腰を抜かす。


「終わりだ……俺たちはここで死ぬんだ……!」


 絶望するアレクたちの前で、レオンは溜息をついた。


「ったく。……作業の邪魔だ、害虫が」


 レオンは手に持っていた『ツルハシ』を構えた。 魔法もスキルも使わない。 ただ、純粋な筋肉と、毎日の労働で培った『腰の入ったスイング』。


「ふんッ!!」


 ドゴォォォッ!!


 ツルハシの一撃が、ワームの鋼鉄の装甲を豆腐のように貫いた。 衝撃波がワームの体内を駆け巡り、巨体が内側から破裂する。


「……え?」


 アレクたちは口をあんぐりと開けた。 勇者パーティーが総がかりでも勝てるか怪しい怪物を、ツルハシ一本で?


「よし。今日の『砂利ドロップアイテム』確保完了だ」


 レオンは何事もなかったかのように汗を拭った。


「す、すごい……! レオン、お前いつの間にこんな強さを!?」


 アレクが縋り付く。


「教えてくれ! 何の修行をしたんだ! 伝説の剣技か? 神の加護か?」


 レオンは遠い目をして答えた。


「……『ローン』と『嫁』だ」


「は?」


「死ぬ気で働かないと借金が減らない。サボれば嫁に殺される。……その極限状態を365日続ければ、ワームごとき、ただの『動く砂利』に見えるようになる」


 レオンの背中には、哀愁と強さが同居していた。 これが、修羅場(家庭)をくぐり抜けた男の境地。


「さて、お喋りは終わりだ」


 レオンが指を鳴らすと、岩陰から冷徹な視線を感じた。 監視役の妻たち――シーラたちが、鞭とストップウォッチを持って睨んでいる。


「新人たち。お前たちの借金は、入国税、ディランへの慰謝料、そしてゲートの修繕費合わせて『金貨1億枚』だ」


「い、1億!?」


「時給は800マナ(約800円)。……計算上、不眠不休で働けば100年で返せるぞ。よかったな」


「ふざけるな! そんなの奴隷じゃないか!」


 聖女リナが泣き叫ぶ。 「嫌よ! 私は聖女なのよ! こんな泥だらけの仕事なんて!」


 ピシッ!!


 空気を裂く音が響いた。 シーラの鞭が、リナの足元の岩を砕いた。


「口を動かす暇があったら手を動かしなさい。……それとも、肥料になりたいの?」


 その目は本気だった。 聖女リナは恐怖で失禁し、震える手でスコップを握った。


「さあ、掘れ! 今日のノルマは『山一つ』だ!」


「う、うわあああん!」


 勇者アレクは泣きながら地面を掘り始めた。 聖剣の代わりにツルハシを握り、魔王ではなく岩盤と戦う日々。


「ディラン……お前、こんな化け物たちを従えてたのかよ……」


 かつて見下していた荷物持ちの背中が、今は神のように遠く見えた。 こうして、ダンジョン国の最下層に、新たな労働力『勇者組』が誕生した。 彼らが真の労働者として覚醒し、レオンたちに認められるのは、まだ少し先の話である。

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