第102話 勇者の聖剣 VS おっさんのデコピン レベル差という絶望
「うおおおお! 死ねぇぇぇディラン!!」
勇者アレクが、地面を蹴った。 その速さは、一般人から見れば目にも止まらぬ疾風だっただろう。 彼が振るう『聖剣エクスカリバー(ローン残高あり)』は、確かに岩をも断つ威力を持っているはずだった。
だが。
「……遅い」
俺の目には、彼の動きがスローモーションのように見えていた。 毎日、音速で飛び回るピヨちゃんを捕まえたり、ヴェルザードの理不尽な魔法(痴話喧嘩)を回避している俺にとって、レベル42の勇者の動きなど、止まっているも同然だった。
カィィィン!!
硬質な音が響き渡った。
「……は?」
アレクが目を見開く。 彼の聖剣は、俺の首元で止まっていた。 正確には、俺が左手の「人差し指と親指」だけで、剣身を摘んで止めていた。
「な、なんだと……!? 聖剣を、指で!?」
「手入れをサボってるな、アレク。刃こぼれしてるぞ」
俺は溜息をついた。 俺が着ているこのスーツは、ヴェルザードが作った『深淵の織物』製だ。ドラゴンの牙も通さない。 そもそも、俺の肌自体が、毎日のドラゴン肉摂取によってアダマンタイト並みの硬度になっている。
「ば、馬鹿な! お前はただの荷物持ちだろ! レベル1の雑魚だろ!」
アレクが顔を真っ赤にして剣を引き抜こうとするが、俺の指は万力のように動かない。
「ああ、レベルは1のままだよ。……だがな」
俺は指に力を込めた。
パキィィィッ!!
「あ」
聖剣の刀身に亀裂が入り、次の瞬間、飴細工のように砕け散った。
「う、嘘だ……俺の聖剣が……!」
アレクが腰を抜かす。 後ろで見ていた聖女や賢者も、悲鳴を上げて震えている。
「お前たちが『勇者ごっこ』をしてる間に、俺は本物の『死線』をくぐってきたんだよ」
俺は一歩近づいた。
「朝はノエルに起こされる恐怖(幼児退行)と戦い」 「昼はセレスティアの視線(借金管理)に耐え」 「夜はヴェルザードたちの愛情(物理)を受け止める」
俺の背後に、妻たちの幻影が立ち上る。 それは、魔王や邪神など比較にならない、生活に根ざした本物のプレッシャーだった。
「その日々に比べれば……お前の剣なんて、そよ風みたいなもんだ」
「ひっ……! く、来るな! 悪魔!」
アレクが涙目で後ずさる。
「終わりだ」
俺は右手を構えた。 拳ではない。 中指を親指で弾く、そう、『デコピン』の構えだ。
「教育的指導だ。……少し痛いぞ?」
「や、やめろぉぉぉ!!」
俺の指が弾かれた。
バチンッ!!
衝撃波が発生した。 アレクの額に指が当たった瞬間、彼は砲弾のように吹き飛び、はるか後方の入国ゲートの壁にめり込んだ。
ドゴォォォン!!
「……手加減しすぎたか」
煙を吹く指をフゥと吹く。 壁には、大の字になった勇者の魚拓が出来上がっていた。
「ア、アレクぅぅぅ!」
「し、死んでる!?」
聖女たちが駆け寄るが、アレクは白目を剥いてピクリとも動かない。
俺はワイバーンに乗ったコボルト警察に指示を出した。
「おい。そこの『不法入国者』たちを拘束しろ」
「はっ! どこへ連行しますか陛下! 牢屋ですか?」
俺は少し考え、ニヤリと笑った。
「いや。……ウチで一番『人手が足りない現場』へ送れ。……レオンたちが待ってる『第80階層・道路拡張工事現場』だ」
「了解であります!」
気絶したアレクと、泣き叫ぶ聖女たちは、哀れにもドナドナと連行されていった。 そこには、地獄を知り尽くした先輩による、愛と涙のスパルタ教育が待っているはずだ。
「ふぅ。……参観日の帰りに、いい運動になったな」
俺がネクタイを直していると、後ろから妻たちが目をハートにして抱きついてきた。
「素敵でしたわ、ディラン様! あの指使い……今夜は私にもお願いしますわ♡」(セレスティア) 「余の旦那にしては上出来じゃ。……褒美に膝枕をしてやろう」(ヴェルザード) 「バブみを感じました! 強いパパ最高です!」(ノエル)
俺は苦笑いしながら、彼女たちを受け止めた。 勇者を一撃で倒せても、この妻たちには一生勝てる気がしない。
だが、それも悪くない。 俺は最強の妻たちに囲まれ、再び騒がしい王城へと帰っていくのだった。




