01 ラニム、遂に起きる
この世界では、睡眠は蓄積されていく。前日に十二時間寝れば、その次の日は四時間程度寝るだけで、体は万全になる。
一日に八時間が、普通の状態だとされ、それより少なくなれば、動きは鈍くなり、頭は回らなくなる。それがこの世界の常識であった。
だから、大抵の生き物は、平均して一日に八時間は寝るようにしていた。
一日にそれ以上寝ることがあっても、次の日には徹夜して、無駄遣いしてしまう。
それはどんな種であっても性であり、平均時間の値が崩れている人は少なかった。
それを睡眠の力と言った。
魔力、闘力と並ぶ一つの力であった。
眠れば、眠るほどに強くなる。
それが睡眠の力の最上の恩恵である。
しかし、八時間寝て、普通の状態。
それ以上寝て、ようやく睡眠の力は力を発揮する。
それなのに強くなれるのは微小であった。
十二時間寝ても、強くなれたかは分からず、百時間おつりが出るようにしてから、ようやく少しは強くなれたかなと思うくらい。
人生は有限。睡眠というもので時間無駄にするにはいけなかった。
その寝ている間で強くなりたければ、強きものに特訓を受けたり、魔族と実践を積んで、修行した方がマシであった。
そう考える人間は多く、誰も睡眠の力に目を向ける者はいなかった。
強くなるためには、百年でもおつりがこないのだから。
「えぇ!!六億五千八百万!?」
小さな宿屋に朝っぱらから、ニワトリのように大きな声が響いた。その声で他の利用客の目はバッチリ開いた。
私はラニム。魔法は少し使える職歴なし怠惰のエルフ。格安宿屋で、どうやら二百六十一年寝ていたらしい。
それも驚きだけど、私ならまぁそれくらい寝れるだろうとも思った。
けれど、寝ていただけのニートが起きたら、多額の請求をされるのなんて。
寝起きの私にとって、寝耳に水の話であった。
起きたばかりというのにね。
「はい、一日五千リープ、それが三百六十五日である三百六十一年とかけて、
もろもろで――六億五千八百八十二万五千リープです。ですが、今回は特別で端数を切り捨てて六億五千八百万リープとさていただきました」
「それはありがとうございます……いやいや、どっちにしてもそんな大金払えませよ」
リープとは単価のこと。
六億五千八百のリープなんて、大富豪並の財産でなかろうか、そんなお金一介のエルフが払えるわけが無い。
そう断言できる。
何しろ私ニートなんだから、今所持金なんてものは少ししか待ち合わせていない。
「いや、待ってください、確か私が泊まり始めた時は一日二百リープって聞いてましたよ」
私は思い出したように、捲し立てるようにそう言った。言い訳がましいのは分かっている。
けど、事実だし。私の言い分も通っていいでしょ。格安じゃないと私も泊まらなかった。
「いえ、現在は五千リープでやっているので」
受付の人はそう言って、私の意見を聞き入れようとはしなかった。
「――私、これからどうしたら良いの!?」
シャバの空気だって叫び気も起きなかった。
私は宿屋の前で、昇る朝日を眺めて、途方に暮れていた。借金六億五千八百リープ、そして、今日寝る場所もない。
「私、詰んだかも……」
あの後、何度も受付の人に縋りながら頼んだんだけど、無情で、結局値段は変わらなかった。
待ち合わせは全て盗られた(払った)から、所持金は完全にゼロ。
二百六十一年寝ていたから、知り合いはいない。
そもそも、この宿屋に泊まる前から、親とは縁が切れていたし、知り合いもいなかったけど。
バイトでもするしかないのかな。
いや、バイトはなしだ。
この宿屋から出る(追い出された)時、それとなく、働くのでチャラにしてくれませんかって聞いてみたら、
一日で、五千リープ出るので、二百六十一年働いたら良いですよって言われた。
いや、そんなに働ける訳ないでしょ。
二百六十一年、ちょうど私が寝ていた時間と同じになる。
無理だ。
しかも、食費もろもろなしのタダ働きなんて、鬼でもそんなことしない。
私は町を見渡しながら、トボトボ歩いていた。
バイトで、無理なら一攫千金でも狙おうかな。
強盗とかかな、一番簡単な方法は、
でも、捕まるのは御免だし、正攻法で儲けるのは絶対かな。
「……そんな方法あるか?」
考えてみたけど、そんな無一文の私が正攻法でお金を儲ける方法なんて……
そもそも働いたことも、ないのだから、稼ぐ方法は知らない。どんな仕事が儲かるのかも知らない。
金持ちそうな人、誰がいるかな?
……王様は金持ってそうだな。
「王様になるか……」
掠れるような声でそう呟く。
いや、どうやってなるの!?
なり方知らないけど、絶対に難しいでしょ。
仕事も忙しいそうだし、楽しくなさそう。
うん、私の仕事の絶対条件として、楽しいは必要。その次にお金ね。
そういえば、あの宿屋の亭主、冒険者やってたって聞いたな。
話聞いてみた感じだったら、楽しそうだったな。
「冒険者になろうかな……」
次々と私の頭になりたいことは浮かんできた。
冒険者……か。稼げるのかな。
亭主のこと思い出しみるか。
まぁ、私が初めて泊まった時の亭主だから、三百年以上。今から二十代前くらいの人かな。
「……」
「え!?あの宿屋、どんだけ前からあったの!?」
思考が止まってから、驚きのあまり足を止め、後ろにある宿屋があった。
よく潰れずにやって来れたわね。
あんなボロそうなのに。
大きな改修してなさそう。少しずつ修繕はしてそうだけど。
「もしかして、私がいるから、出来なかったのかな」
しまった。
聞いてくれば、良かった。
急いで出てきたから、そこのとこ何も聞いてない。借金で頭いっぱいだったし。
今から、戻って聞いてくるか。
いや、時間の無駄かな。めんどくさいし、良いや。
そんなことより、冒険者のことだよね。
頭を傾げながら、考えていた。
「あ!!魔王!!」
確か魔王を倒せたら、凄いお金が手に入るって言ってた。幹部を一人倒すだけでも、一生働かなくても良いって聞いたな。
人間換算の一生だから、相場は分からないけど、儲けはやばそう。
うん、
「冒険者になろう!!」
そうと決めたら、どうしたら良いんだ?
クソ、ニートだったのが、足を引っ張っているな。
誰かに聞いてみるか。
怠惰だっただけで、人とコミニケーションは余裕で取れるのよね。
「無理だった……異様に疲れた」
数時間くらいは聞き込みしてきた。
町に行き交うのはおじいちゃん、おばあちゃんばっかりで、何言っても聞き返されるだけで何も話が進展しなかった。
「けど、ちゃんと分かった」
結局は宿屋に戻ってから、聞いたのだけど。
「ギルドというものがあるらしい。そこに行けば仲間集めなどなんでも出来るらしい」
「……しかし、この町にはないらしい」
私は日が暮れる前に、町を移る必要が出てきた。
でも、町まで整備された道があるらしいので、そこを通って私は歩いた。




