ウチの魔王様に何か文句でも?
若草色の癖毛に、黒くて立派な羊のような角。
生気があんまり感じられないけど、見れば見るほど深くて暗い、血のような、葡萄酒のような色の瞳。
コウモリのような小さい漆黒の羽は、感情に比例して動く。だから後ろ姿だけでも嬉しいのか、悲しいのか、怒っているのかわかってしまう。
驚いた時や、怖い時に、俺の足に無言でしがみついてくるところとか。
今日も、俺の魔王様が愛らしい。
誤解がないように先に言っておく。俺は人間だ。
元は聖魔導士の家の出だが、今は訳あって魔界で魔王様ことボスのお世話係をしている。
人間界と魔界なんて、ちょっと魔力の濃度が違うだけだから、そこまで異世界でもない。
というか、俺が魔界に来てから不便に思ったことは全部改善させた。だから俺は文句なしに快適だ。
もちろん改善の基準はボスが快適に過ごせるかだ。
ボスが魔界に帰ってきたのはまだ二ヶ月前のこと。その前は最低でも千年以上、人間界で使役されては封印されてを繰り返していた。
人間界なんて魔力が魔界の半分以下の場所で、酷使されてきたのだ。かつての魔王らしい姿は消え失せている。
俺が初めて会った時は、封印用の聖水に沈められている傷だらけの幼子の姿だった。
そんな姿を見て何もしないなんて、魔物以下じゃないか。
ただ元気になってほしくて、深く考えないでボスを魔界に連れてきたわけだけど。予想外に弱りすぎてて、思考も容姿も子供のままなのだ。
「ギーク、ボスがお呼びだぞ」
おおっと。いけないいけない。スケルトンに言われて気づくなんて。そろそろボスがお昼寝から起きる頃だったか。
「サンキュー、すぐに行くわ」
俗に言うここ魔王城は、ボスのことを良く思っている魔物が住み着いている。スケルトンもその一人だ。
だけどボスのことを良く思っていない魔物もいるわけで。魔王という座を狙ってくる馬鹿のせいで、俺の苦労は絶えないのだ。
まあ、ボスを狙うなら命を落としても仕方ないよな。
「ボス、ギークが入りますよ」
小さいボスでも開けられるように、軽い木で作らせたドアを開けると、二度寝をしていた。ボスの羊みたいな角に合わせて着せた、白くてふわっふわな寝間着がまた、よく似合っている。
「めっちゃくちゃ可愛い。もう天使かな!? ウチのボスは!」
いけない。口に出してしまった。せっかく気持ちよさそうに寝ているのに。
ボスがまだ眠たいのなら、そのままにさせてやるのが俺の役割だ。今まで酷い扱いを受けた分、ボスには欲望のままに好きにしてほしい。
ボスが俺に気を許してくれてるのをいいことに、俺ってばボスの部屋をやけにメルヘンな感じにしちゃったけど。本人的にどう思っているんだろうか。
スケルトン達の顔はひきつっていたけど、ボスが何も言わないから、俺に文句とか言えなかったんだろうな。
ボスを起こさないようにベッドに腰をかける。手作りとは思えない、しっかりしたベッドだな、と思う。
魔王城の物は全て、ボスの帰りを魔界でずっと待っていた、スケルトン達が制作してくれた。
「ボスはみんなに愛されているんだね」
人間界の春を思い出させる、柔らかい若草色の髪を撫でて笑った。ボス、よだれ垂れてる。
角と翼があること意外は人間の子供のようだ。けれど忘れてはいけない。ボスは魔王として、魔界をまとめなくてはならない。
「でもまあ、力が戻るまではいいよな……」
今のうちにしかできない、ボスのぷにぷにの頬を両手で挟んで揉んでみる。これは猫の肉球、いや、子犬のお尻、違うな。なんとも例え難い柔らかさだ。
魔王様のお世話係なんて言ってるけど、実は毎日こんな感じでボスで遊んでる。魔界も人間界とそう変わらず平和ってことだよな。多分。
仮に勇者とか聖職者が来たとしても、俺が全部追い返してやる。こっちに来る時に主力は潰してきたからしばらくは安泰だろうけど。
予想外の出来事ってのがあるかもしれないから警戒は怠らないつもりだ。
俺がボスの為にできることなんて微々たるものだろうけど、ボスに必要とされなくなるまで、俺はボスの側にいる気だ。
ボスの頬を揉んでいたら、さすがに起きたし、怒られてしまった。