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アレンの覚悟

錬金術師ギルドの脅威を知った二人は、旅を急ぐ。しかし、執拗な「ウロボロス」の追跡は続き、ついに二人は追い詰められてしまう。リコを庇ったアレンは、錬金術師が使う呪いの刃によって、治癒魔法を無効化する瀕死の重傷を負う。リコは、彼を救うため、自らの生命力を直接注ぎ込むという禁じ手を行使する。この一件を通し、アレンは騎士としての務めとリコを守りたいという個人の想いの間で、大きな決断を下す

クロスロードの街で遭遇した、錬金術師ギルド「ウロボロス」という新たな脅威。彼らの底知れない悪意と執念を肌で感じたリコとアレンは、一刻も早くこの街を離れることを決意した。パラケルススという男は、必ずや再びリコを狙ってくるだろう。あの領主バルトークの追っ手とは、比較にならないほどの危険性を、二人は感じ取っていた。

夜陰に紛れて街を出た二人は、北の「嘆きの森」を目指し、脇街道をひた走った。アレンは、騎士としての経験から、追跡を逃れるための様々な知識を駆使した。わざとぬかるみを選んで足跡を消し、時には川を渡って匂いを断ち、追っ手の目を欺こうと試みる。

しかし、「ウロボロス」の追跡能力は、彼らの想像を遥かに超えていた。

彼らは、騎士や兵士のように、足跡や物音を頼りに追ってくるのではない。彼らは、リコが放つ、ごく微弱な「生命エネルギーの波動」そのものを、特殊な魔道具を使って探知していたのだ。どれだけ巧みに痕跡を消そうとも、リコ自身が歩く限り、彼女の居場所は、彼らにとって手に取るようにわかってしまうのだった。

逃亡を始めて五日目の夜。二人が、古い廃墟となった教会で、束の間の休息を取っていた時だった。

「…見つけましたよ、至高の材料プライム・マテリアル

教会の入り口に、月明かりを背にして、複数の人影が立っていた。パラケルススではない。だが、彼らもまた、同じ「ウロボロス」の紋章を身につけた錬金術師たちだった。その数、五名。そして、その周りには、クロスロードで対峙したのと同じ、無感情な目をしたホムンクルスが、十体以上も控えていた。完全に、包囲されていた。

「リコ様、私の後ろへ!」

アレンは、即座に剣を抜き、リコを庇うようにして前に出た。彼の顔には、連日の逃亡による疲労が色濃く浮かんでいたが、その瞳に宿る、リコを守るという決意は、少しも揺らいでいなかった。

「おやめなさい、騎士さん。あなたに、我々の研究の邪魔をする権利はありません。その娘は、我々ギルドが、人類の進化のために、その身を捧げるべき、聖なる生贄なのですから」

リーダー格の、女の錬金術師が、扇子で口元を隠しながら、甲高い声で言った。

「戯言を!」

アレンは、雄叫びを上げて、一番近くにいたホムンクルスに斬りかかった。しかし、そこへ、別の錬金術師が、横から奇妙な液体が入った小瓶を投げつけてきた。液体は、アレンの足元で弾け、粘着質の泡となって、彼の動きを封じる。

「ぐっ…!これは…!」

「無駄ですよ。我々の錬金術は、あなたのような、ただの剣士がどうこうできるものではありません」

次々と、錬金術師たちによる妨害攻撃がアレンを襲う。地面から、鋭い石の棘が突き出し、空からは、麻痺効果のある粉末が降り注ぐ。それは、魔法とは全く異なる、物質の性質を組み替えて作り出された、科学的な罠の数々だった。アレンは、得意の剣技を振るうことさえできず、防戦一方に追い込まれていく。

リコは、背後で、ただ祈ることしかできなかった。彼女が、あの時のような、怒りによる力の暴走を試みようとしても、なぜかうまくいかない。感情の昂りが、必ずしも力の引き金になるわけではないことを、彼女は痛感していた。

その時、一体のホムンクルスが、アレンの防御の隙を突き、その巨大な拳を、彼の脇腹へと叩き込んだ。

「がはっ…!」

アレンの身体が、大きくくの字に折れ曲がる。しかし、彼は倒れなかった。リコを守るという、その一心だけで、彼は踏みとどまった。

そして、その隙を、女の錬金術師は見逃さなかった。

彼女は、懐から、一振りの、黒く、禍々しいオーラを放つ短剣を取り出した。

「栄誉に思いなさい、騎士さん。これは、対象の『自己治癒能力』そのものを破壊するために作られた、呪いの刃です。これで斬られれば、いかなる治癒魔法も、そして、そこの娘の奇跡の力さえも、無意味と化すでしょう」

彼女は、悪魔のような笑みを浮かべると、驚くべき速度でアレンに肉薄し、その短剣を、彼の胸へと深々と突き立てた。

「ア…レ…ン…さ…」

リコの目に、信じられない光景が、スローモーションのように映った。アレンの胸から、鮮血が噴き出し、彼の身体が、糸の切れた人形のように、ゆっくりと崩れ落ちていく。

「アレンさーん!!!」

リコの絶叫が、廃墟の教会に響き渡った。

彼女は、錬金術師たちのことなど、もはや眼中になかった。崩れ落ちたアレンの元へと駆け寄り、その身体を抱きしめる。

「しっかりして!アレンさん!今、治すから!」

リコは、泣きながら、自分の掌をアレンの傷口に当てた。いつものように、緑色の癒しの光が、彼女の手から溢れ出す。

しかし、光は、アレンの傷に触れた瞬間、まるで黒い霧に阻まれるかのように、かき消えてしまうのだ。呪いの刃は、アレンの身体の中で、治癒の力を拒絶し、破壊し続けていた。

「そ、そんな…どうして…」

リコは、絶望に顔を歪めた。自分の力が、通用しない。アレンの命の灯火が、腕の中で、刻一刻と、弱くなっていくのがわかる。

「無駄だと言ったでしょう」

女の錬金術師が、勝利を確信した声で言った。「さあ、諦めて、こちらへ来なさい。そうすれば、その騎士を、これ以上苦しませずに、楽にしてあげますよ」

その冷酷な言葉が、リコの心の、最後のタガを、外した。

(楽に…してあげる…?)

(アレンさんを、死なせる…?)

(私のせいで…?私が、無力なせいで…?)

違う。

(絶対に、死なせない)

リコは、顔を上げた。その瞳には、もはや涙はなかった。そこにあるのは、自らの命さえも厭わない、燃えるような、覚悟の炎だった。

彼女は、自分の記憶の奥底、巫女としての魂が知っている、最後の手段を行使することを、決意した。

それは、ただの治癒魔法ではない。術者自身の「生命力そのもの」を、対象に直接注ぎ込み、魂のレベルで、傷や呪いを上書きするという、禁じられた秘術だった。成功すれば、どんな傷も癒せる。しかし、それは、術者の命を、大きく削り取ることを意味した。最悪の場合、術者自身が、命を落とす。

リコは、アレンの唇に、自らの唇を、そっと重ねた。

そして、自分の魂ごと、生命の輝きを、彼の中へと、注ぎ込んでいく。

「なっ!?何を…!」

錬金術師たちが、予想外の行動に、驚きの声を上げる。

リコの身体から、今までにないほど眩い、黄金色の光が溢れ出した。それは、緑色の癒しの光とは違う、生命そのものの、根源的な輝きだった。

光は、アレンの身体を満たし、その胸に突き刺さった呪いの刃を、内側から浄化し、そして、粉々に砕け散らせた。

アレンの傷が、奇跡のように塞がっていく。止まっていた心臓が、再び、力強く鼓動を始める。

しかし、その代償は、あまりに大きかった。

光が収まった時、アレンは、完全に回復していた。だが、リコは、まるで生命力を全て吸い取られたかのように、ぐったりと、彼の腕の中で意識を失っていた。彼女の髪の色は、輝くような亜麻色から、ところどころ、白髪が混じったように、色褪せてしまっていた。

「…リコ…様…?」

意識を取り戻したアレンは、腕の中で気を失っているリコと、自分の身に起きた奇跡を理解し、絶叫した。

「ああああああああっ!リコ様ァァァ!!」

彼の絶叫は、怒りと、悲しみと、そして、自分の無力さへの、慟哭だった。

彼は、リコに命を救われた。それも、彼女の命を犠牲にする形で。

その事実は、彼の心を、騎士としての誇りを、粉々に打ち砕いた。

怒りに我を忘れたアレンは、まるで鬼神のような形相で、錬金術師たちに向かって斬りかかった。その剣は、もはや騎士のそれではない。ただ、愛する者を傷つけられた、一匹の獣の、怒りの牙だった。

彼の気迫に圧された錬金術師たちは、退却を余儀なくされた。

戦いが終わり、静寂が戻った教会で、アレンは、意識のないリコを抱きしめ、ただ、涙を流し続けた。

自分は、彼女に守られてばかりだ。彼女に、命まで懸けさせてしまった。

騎士としての務めとは、何だ?姫様の命令で、彼女を城から逃がすことか?いや、違う。

俺が、本当にしたいことは、何だ?

アレンの心の中で、一つの答えが、形になりつつあった。

もはや、誰かの命令だからではない。騎士としての務めだからでもない。

俺は、俺自身の意志で、この人を守りたい。たとえ、この命に代えても。

エリアーナ姫への忠誠と、リコという一人の女性を守りたいという、個人の想い。その二つの間で揺れ動いていた彼の心は、この一件を経て、一つの揺るぎない「覚悟」へと、昇華された。

彼は、静かに眠るリコの額に、そっと口づけを落とした。

「…お守りします、リコ様。必ず…。俺が、あなたを…」

それは、一人の騎士が、自らの運命を見つけ、真の忠誠を誓った瞬間だった。彼のこの決意が、やがて、世界の運命さえも、大きく動かしていくことになるのを、まだ誰も知らなかった。

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