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闇を纏う錬金術師

神殿での記憶の覚醒を経て、自らの使命を自覚したリコ。しかし、彼女の持つ「生命力を活性化させる力」の噂は、領主とは別の新たな脅威を呼び寄せていた。不老不死を求める邪悪な錬金術師ギルド「ウロボロス」。彼らはリコを「至高の材料マテリアル」と呼び、その身を狙って冷酷な罠を仕掛ける。

ピクシーたちの聖域で心身を回復させたリコとアレンは、精霊たちに別れを告げ、再び世界樹を目指す旅に出た。忘れられた神殿での一件は、リコに大きな変化をもたらしていた。彼女はもはや、ただ記憶を求めて彷徨う、か弱い少女ではなかった。自分は世界樹の巫女であり、病んだ世界を癒すという、重大な使命を背負っている。その自覚が、彼女の瞳に、以前にはなかった力強い光を与えていた。

「アレンさん、私、もう怖くない。何があっても、世界樹へ行かなくては」

「はい、リコ様。どこまでも、お供します」

アレンもまた、彼女の変化を頼もしく感じていた。彼の忠誠は、今や一人の少女に対してではなく、世界の希望そのものに向けられていた。

ピクシーたちの導きで「迷わずの森」を抜けた二人は、国境近くの大きな中継都市「クロスロード」に立ち寄ることにした。世界樹があるという「嘆きの森」へ向かうには、ここで新たな情報を集め、旅の装備を整える必要があったからだ。

クロスロードは、その名の通り、様々な街道が交差する交通の要衝であり、多種多様な人々で賑わっていた。商人、傭兵、旅芸人、そして、どこか胡散臭い魔術師や学者たち。二人は、人目を避けるようにフードを目深にかぶり、宿を探して雑踏の中を歩いていた。

しかし、彼らが知らないところで、リコの存在は、すでに新たな、そしてより邪悪な影を呼び寄せていた。

セドゥスの村でリコが示した奇跡の治癒能力。そして、領主の城から、原因不明の病に伏していた姫を完治させたという噂。これらの話は、旅の商人や傭兵たちの口を通じて、誇張されながらも大陸中に広まりつつあった。

「どんな病も癒し、若ささえ取り戻させる力を持つ、奇跡の薬師の娘がいる」

そんな噂が、ある者たちの耳に入らないはずがなかった。

その者たちとは、錬金術師ギルド「ウロボロス」。

彼らは、表向きは希少な金属や薬品を研究する学者集団だが、その実態は、生命倫理を無視した禁断の人体実験を繰り返し、究極の目的である「不老不死」の実現を追い求める、闇の組織だった。彼らにとって、生命そのものを活性化させる力を持つリコは、まさに喉から手が出るほど欲しい、「至高の材料プライム・マテリアル」だったのだ。

クロスロードの街に潜む、「ウロボロス」の支部長、錬金術師パラケルススは、本部からの指令を受け、すでにリコを捕獲するための罠を張り巡らせていた。彼は、領主バルトークのように、力ずくで奪おうなどという、愚かな真似はしない。もっと狡猾で、冷酷な方法で、獲物を追い詰める。

リコとアレンが宿屋に落ち着いて間もなく、その罠は、早速動き始めた。

宿の主人が、困り果てた顔で二人の部屋を訪ねてきた。

「旅の方、大変申し訳ないのですが…。実は、うちの娘が、熱を出して寝込んでおりまして…。街の医者にも見せましたが、原因がわからず…。もし、あなたがたが薬師様でしたら、少しでいいので、診てはいただけませんでしょうか」

その言葉に、リコは迷わず立ち上がった。困っている人がいれば、助ける。それは、彼女の記憶がなくても、魂に刻まれた本能のようなものだった。

「もちろん、いいですよ。見せてください」

「リコ様、危険かもしれません。罠の可能性も…」

アレンが、警戒して制止する。

「でも、本当に病気で苦しんでいるのかもしれない。見捨てることはできないよ」

リコの純粋な瞳に、アレンはそれ以上、強く反対することができなかった。

案内された部屋には、小さなベッドで、七歳くらいの少女が苦しそうに息をしていた。顔は赤く火照り、高い熱があるのは明らかだった。リコは、すぐに少女の脈を取り、瞳の様子を診る。

(…毒…?いや、違う。もっと、人工的な…)

リコは、少女の身体から、自然界には存在しない、極めて微弱な「魔力の毒素」を感じ取った。それは、特定の症状を引き起こすために、精密に調合された、錬金術の産物だった。

(誰かが、わざとこの子を病気にしたんだ…!)

リコは、これが罠であると確信した。しかし、目の前で苦しんでいる少女を見捨てることはできない。彼女は、背嚢から解毒作用のある薬草を取り出すと、その場で調合を始めた。

「ほう…、それが、君の力かね。実に興味深い」

その時、部屋の入り口から、ねっとりとした声がした。

振り返ると、そこに立っていたのは、痩身で、神経質そうな顔つきの、白衣を着た男だった。錬金術師パラケルスス。彼の後ろには、人間離れした、無感情な目をした巨漢の従者が二人、控えていた。ホムンクルスと呼ばれる、錬金術によって生み出された人造人間だ。

「あなたが、この子に毒を…!」

リコが、怒りに声を震わせる。

パラケルススは、肩をすくめて、悪びれる様子もなく言った。

「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。これは、君の力を確かめるための、ささやかな実験だよ。おかげで、噂が真実であることがよくわかった。君の力は、生命そのものに働きかける、まさに『賢者の石』に匹敵する可能性を秘めている。素晴らしい!」

彼は、狂信的な光を宿した瞳で、リコを値踏みするように見つめた。

「さあ、お嬢さん。我々と共に来たまえ。君のその力を、人類の進化のために、有効に使ってやろう。抵抗すれば、どうなるか…。そこにいる騎士君や、この街の人間が、どうなってもいいのかね?」

脅迫だった。彼の懐からは、他にも数種類の毒薬が入った小瓶が覗いている。彼なら、平気でこの街に毒を撒き散らすだろう。

「…卑劣な…!」

アレンが、剣を抜いてリコの前に立ちはだかる。

「ホムンクルスよ、やれ」

パラケルススの冷たい命令で、二体の人造人間が、機械的な動きでアレンに襲いかかった。

アレンの剣技は、城の騎士団の中でもトップクラスだ。しかし、相手は痛みを感じず、人間ではありえない怪力と耐久力を持つホムンクルス。アレンは、一体を相手にするだけで、精一杯だった。二体の連携攻撃に、彼は徐々に追い詰められていく。

ガキン!と、アレンの剣が、ホムンクルスの一撃で弾き飛ばされた。もう一体の拳が、がら空きになった彼の腹部に、深々とめり込む。

「ぐはっ…!」

アレンは、血を吐きながら、その場に崩れ落ちた。

「アレンさん!」

リコが、悲鳴を上げて駆け寄る。

パラケルススは、その光景を、満足げに眺めていた。

「さて、お喋りは終わりだ。賢者の石よ、我々の研究室へ来てもらおうか」

ホムンクルスが、リコに手を伸ばす。

その時、リコの全身から、今までで最も強い、緑色の光が、奔流のように溢れ出した。

「なっ…!?」

それは、怒りだった。大切な仲間を傷つけられたことへの、純粋で、激しい怒り。その感情が、リコの奥深くに眠っていた、巫女としての力の、新たな扉を開いたのだ。

溢れ出した光は、アレンの身体を包み込み、彼の傷を瞬く間に癒していく。それだけではなかった。光は、部屋中に満ち、毒に苦しんでいた少女を完治させ、さらに、ホムンクルスたちにも作用した。

「グ…ギギギ…!?」

人造人間たちの身体が、痙攣し始める。リコの純粋な生命エネルギーは、錬金術によって生み出された、偽りの命である彼らにとって、猛毒に他ならなかったのだ。二体のホムンクルスは、身体のあちこちから煙を吹き出すと、やがて、ただの泥人形のように崩れ落ちていった。

「ば、馬鹿な…!私の最高傑作であるホムンクルスが、触れてもいないのに…!一体、どんな力なんだ…!」

パラケルススは、生まれて初めて、理解不能な現象を前にして、恐怖に顔を引きつらせた。

彼は、懐から煙幕弾を投げつけると、その混乱に乗じて、窓から逃げ出していった。

「覚えていろ、巫女…!ギルドは、決して、お前を諦めないぞ…!」

捨て台詞を残して、彼の気配は街の闇へと消えていった。

後に残されたのは、回復して呆然とするアレンと、力の暴走で息を切らすリコ、そして、何が起きたのかわからず、きょとんとしている少女だけだった。

領主の追っ手とは、全く質の違う、新たな敵。彼らは、リコの力を、その存在そのものを、徹底的に利用し、搾取しようとする、底なしの悪意を持っていた。

リコは、自分の持つ力が、人を癒すだけでなく、時として、恐ろしい敵を呼び寄せてしまう、諸刃の剣であることを、改めて痛感させられた。

彼女の旅は、もはや後戻りの許されない、過酷なものとなっていた。自らの宿命と、そして、世界の闇と、本格的に対峙する時が、刻一刻と迫っていた。

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