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領主の館と涸れた泉

旅の途中で立ち寄った村は、原因不明の病に苦しんでいた。リコが作った薬で人々は快方に向かうが、その噂が非情な領主の耳に入ってしまう。リコは病に倒れた領主の娘を治すため、城へと連れて行かれる。

リコが次なる町を目指して街道を歩いていると、道の端に座り込んでいる老婆を見つけた。その顔色は土気色で、呼吸も浅い。


「おばあさん、大丈夫?どこか具合が悪いの?」


リコが駆け寄ると、老婆はかすかに目を開け、リコを指差した。いや、リコが背負っている背嚢を。


「……薬師、さま、か……?どうか、どうか村を……」


老婆はそれだけ言うと、気を失ってしまった。リコは背嚢から素早く滋養強壮の薬草を取り出して口元に含ませ、水を飲ませて介抱した。意識を取り戻した老婆に案内されてたどり着いた「セドゥスの村」は、静かな絶望に包まれていた。

村の中心にあるべき泉は、茶色く濁り、淀んだ水をわずかに湛えているだけ。村人たちの多くは家に籠り、時折、空咳や苦しげな呻き声が漏れ聞こえてくる。老婆によれば、ひと月ほど前から泉の水が濁り始め、それを飲んだ者から次々と原因不明の熱病に倒れているのだという。


「領主様にも助けを求めたんじゃが、税を滞納している我らには薬の一つも回してくださらん……。もう、神に見放されたんじゃよ」


老婆の言葉に、リコは濁った泉をじっと見つめた。水が病の原因であることは明らかだった。そして、この病は普通の薬では治らないだろうという直感があった。リコの頭の中に、自然といくつかの薬草の名前と調合方法が浮かび上がる。瘴気を浄化する「銀葉草」、生命力を補う「陽光苔」、そして熱を払う「氷霧の花」。どれも普通の薬師では手に入らないような珍しい薬草ばかりだった。


「私、薬を作ってみる。おばあさん、少し休んでいて」


リコはそう言うと、一人で村の周辺の森へと入っていった。不思議なことに、彼女が必要とする薬草は、まるでリコを待っていたかのように簡単に見つかった。森の奥深く、誰も踏み入れないような場所に、銀葉草は群生し、陽光苔は岩を覆っていた。

村に戻ったリコは、持っていた不思議な水も数滴使い、濃緑色の薬を大鍋で煮出した。薬が完成する頃には、その芳しい香りに誘われて、何人かの村人がおずおずと家から顔を覗かせていた。


「これを飲んでみて。きっと良くなるから」


リコの純粋な瞳に、村人たちは半信半疑ながらも差し出された薬を口にした。すると、どうだろう。薬を飲んだ者から、あれほど苦しんでいた熱がすうっと引き、淀んでいた瞳に光が戻っていくではないか。


「身体が……軽い!」


「熱が引いたぞ!あの娘の薬は本物だ!」


奇跡のような出来事に、村は歓喜に沸いた。リコは英雄のように称えられ、村人たちから心尽くしの食事と寝床を提供された。久しぶりに感じる人の温かさに、リコの心も少しだけ満たされた。

しかし、その平穏は長くは続かなかった。

翌日の昼過ぎ、村の入り口がにわかに騒がしくなった。土煙を上げてやってきたのは、煌びやかな鎧を身につけた数騎の兵士たち。先頭に立つ隊長らしき男は、馬上から威圧的に村人たちを見下ろし、大声で叫んだ。


「この村に、どんな病も治すという薬師の娘がいると聞いた!我が主、セドゥス領主様がご命令である!その娘を、ただちに城へお連れせよ!」


領主。その言葉に、村人たちの顔から血の気が引いた。彼らを貧困と病から見捨てた非情な支配者だ。村人たちはリコを庇おうと兵士たちの前に立ちはだかった。


「この子は村の恩人だ!どこへもやらん!」


「そうだ!領主様になんか渡してたまるか!」


しかし、兵士たちは嘲笑うかのように剣の柄に手をかける。一触即発の空気が流れたその時、リコが村人たちの前に進み出た。


「私が行きます。この人たちに乱暴しないで」


リコを連れて行くという隊長の言葉に、嘘は感じられなかった。ここで抵抗すれば、村人たちが傷つけられるだけだ。


「リコちゃん!」


「行っちゃならねえ!」


村人たちの悲痛な声を背に、リコは兵士たちに囲まれ、馬に乗せられた。隊長はリコにこう告げた。


「お嬢様が、お前と同じような病に罹られている。もし、お嬢様を治すことができれば、望みの褒美をやろう。だが、治せなければ……どうなるかわかるな?」


脅しともとれる言葉だった。リコが連れて行かれたのは、丘の上にそびえる冷たい石造りの城館。豪華だが、どこか人の温もりが感じられない場所だった。重い扉の向こうで、彼女を待ち受けている運命とは何か。リコの新たな試練が、今まさに始まろうとしていた。

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