癒しの眠りと闇の胎動
力を使い果たし、深い眠りに落ちたリコ。カイと水の民は、彼女を救うため、一族に伝わる、禁断の、癒しの儀式を行うことを、決意する。一方、アクアリアでの、計画の失敗を知った、闇の一族の、長は、ついに、自ら、動き出す。世界の、光と闇の、全面対決の時が、刻一刻と、近づいていた。
アクアリアの、神殿の、一番、奥。
「生命の泉」と、呼ばれる、特別な、一室で、リコは、眠り続けていた。
彼女の身体は、泉から、湧き出る、聖なる水に、浸され、その周りでは、カイをはじめとする、水の民の、神官たちが、昼夜を、問わず、癒しの、祈りを、捧げ続けていた。
しかし、リコの意識は、戻らなかった。
彼女の、生命力は、泉を、浄化した、あの時、ほとんど、燃え尽きてしまっていたのだ。
「…このままでは…巫女様の、命の灯火が、消えてしまう…」
長老の神官が、苦渋の、表情で、呟いた。
アレンは、眠り続ける、リコの、手を、握りしめ、ただ、無力な、自分を、責めていた。
またしても、自分は、彼女に、全てを、背負わせてしまった。
何も、守れなかった。
そんな、絶望的な、空気の中、カイは、決断した。
「…もはや、これしか、方法はない。一族に、古より、伝わる、禁断の、儀式を、行う」
その言葉に、神官たちが、息を呑んだ。
「カイ様!まさか、『魂の同調』を、行うと、いうのですか!?あれは、失敗すれば、術者もまた、命を、落としかねない、危険な、儀式…!」
「魂の同調」。それは、術者が、自らの、魂の一部を、対象者と、分かち合い、その、生命力を、直接、分け与えるという、水の民の、究極の、秘術だった。
「彼女は、我らの、都を、その身を、賭して、救ってくれた。今度は、我らが、彼女を、救う番だ。族長として、いや、カイ、個人として、この御恩に、報いねば、ならん」
カイの、瞳には、もはや、迷いは、なかった。
儀式は、月の光が、最も、強くなる、満月の夜に、執り行われた。
カイは、リコが、眠る、泉の、中へと、入っていく。
そして、彼女の、額に、自らの、額を、そっと、重ね合わせた。
「…聞こえますか、リコリス様…。あなたの、光は、私の、氷を、溶かしてくれた。だから、今度は、私の、水が、あなたの、渇きを、潤しましょう…」
カイが、祈りの、言葉を、唱え始めると、二人の身体が、淡い、青色の光に、包まれた。
カイの、生命力が、魂が、少しずつ、リコの中へと、流れ込んでいく。
それは、あまりに、穏やかで、そして、美しい、光景だった。
一方、その頃。
大陸の、北の果て。瘴気が、渦巻く、闇の、城塞で。
一人の、男が、アクアリアでの、計画の失敗の、報告を、受けていた。
男は、漆黒の、玉座に、深く、腰掛け、その顔は、影になって、見えない。
だが、その影の、奥から、覗く、二つの、紅い光が、まるで、溶岩のように、不気味な、輝きを、放っていた。
彼こそ、袂を分かった、リコの一族の、末裔。「闇の一族」を、束ねる、長、その人だった。
「…水の民が、目覚めた、か。…そして、あの、忌々しい、巫女の、小娘が、その、中心に、いる、と」
その声は、地の底から、響くような、低く、そして、冷たい、声だった。
「はい。我が、弟、パラケルススが、放った、瘴気の呪詛も、完全に、浄化された、とのこと…」
報告していたのは、あの、錬金術師ギルド、「ウロボロス」の、メンバーだった。彼らもまた、闇の一族に、連なる者たちだったのだ。
「…使えぬ、奴らめ」
闇の長が、呟いた、瞬間。報告者の、身体が、黒い炎に、包まれ、悲鳴を上げる、間もなく、塵と、なった。
「…永い、眠りの時は、終わった。もはや、小細工は、不要」
彼は、ゆっくりと、玉座から、立ち上がった。
その巨体は、優に、二メートルを、超え、その身体からは、魔王にも、匹敵するほどの、圧倒的な、瘴気の、オーラが、立ち昇っていた。
「光が、目覚めたのならば、闇もまた、その、真の力を、示すまで。…世界樹は、我がもの。この世界は、我が、理想郷へと、作り変える」
彼は、配下の、者たちに、命じた。
「全軍に、伝えよ。…これより、我ら、闇の一族は、光の、残党と、それに、与する、全ての、愚か者たちに、宣戦を、布告する、と」
世界の、光と、闇。
その、永い、永い、戦いの、最後の、幕が、今、まさに、上がろうとしていた。
そして、その、運命の、鍵を、握る、巫女は、まだ、癒しの、眠りの、中に、いる。
彼女が、次に、目を開ける時、世界は、すでに、戦火の、炎に、包まれて、いるのかもしれない。