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水の都と忘れられた盟約

門番エルダの助言に従い、リコとアレンは南の「水の都アクアリア」を目指す。そこは、かつて光の一族と盟約を結んだ「水の民」が治める場所。しかし、永い時の流れは、人々の記憶から古い約束を忘れさせていた。二人は、よそ者として、冷たい視線と不信に迎えられる。

嘆きの森を後にしてから、半月が過ぎた。リコとアレンは、エルダの言葉に従い、ひたすらに、南を目指していた。

世界は、確実に、変わりつつあった。ガイアの覚醒によって、大地は生命力を取り戻し、旅の道中は、豊かな自然の恵みに満ちていた。リコの巫女としての力も、日に日に、安定し、成熟していった。彼女が、道端で傷ついた動物に手をかざせば、その傷は、瞬く間に癒えた。彼女が、荒れた土地で祈りを捧げれば、そこには、清らかな泉が、湧き出した。

その奇跡を、目の当たりにした人々は、初めは驚き、恐れたが、やがて、彼女を「聖女様」と呼び、崇めるようになった。アレンは、そんな人々の反応に、誇らしさを感じながらも、リコの力が、あまりに、目立ちすぎることに、一抹の不安を覚えていた。闇の一族が、いつ、どこで、見ているか、わからないからだ。

やがて、二人の目の前に、巨大な湖と、その湖上に、いくつもの橋で結ばれた、美しい、白亜の都市が、姿を現した。

「…あれが、水の都、アクアリア…」

アクアリアは、その名の通り、水の恵みと共に生きる、華麗な都市だった。街中を、水路が、網の目のように走り、人々は、ゴンドラのような小舟で、行き来している。建物は、白と青を基調とし、まるで、水面に浮かぶ、宝石のようだった。

エルダによれば、この都を治める「水の民」は、かつて、リコたち光の一族と、深い友好関係にあったという。彼らは、水を操る、特殊な能力を持ち、その力で、光の一族の、癒しの業を、助けていたのだ。

「きっと、私たちの、力になってくれるはず…」

リコは、期待に、胸を膨らませていた。

しかし、その期待は、都の門をくぐった瞬間、脆くも、崩れ去った。

よそ者である、リコとアレンに向かって、アクアリアの人々が向ける視線は、極めて、冷ややかだったのだ。そこには、好奇心よりも、強い、警戒心と、排他的な空気が、満ちていた。

「…なんだか、歓迎されていない、みたいだね…」

「ええ…。噂には、聞いていましたが…」

アレンが、渋い顔で言った。

近年のアクアリアは、他の都市との交流を、ほとんど絶ち、その美しい都の中に、閉じこもるようにして、生きているのだという。

二人は、ひとまず、都を治める、族長の元を訪ねることにした。

族長の館は、都の中心にそびえる、ひときわ大きく、壮麗な神殿だった。衛兵に事情を話し、待たされること、半刻。二人は、ようやく、族長が待つ、謁見の間に、通された。

謁見の間の中央、水の玉座に座っていたのは、まだ、若く、涼やかな美貌を持つ、一人の青年だった。白銀の長髪を、後ろで一つに束ね、その、海の底のように、深い青色の瞳は、氷のように、冷たい光を、宿していた。彼が、水の民の、若き族長、カイだった。

「…よそ者が、何の用だ。我々は、外界の者たちと、関わるつもりはない。用がないなら、早々に、立ち去ってもらいたい」

カイは、挨拶もそこそこに、冷たく、言い放った。

アレンが、憤然として、前に進み出ようとするのを、リコは、そっと、手で制した。

そして、彼女は、まっすぐに、カイの瞳を見つめ返すと、静かに、しかし、凛とした声で、言った。

「私は、リコリス。世界樹の、最後の巫女です。私たちは、あなた方に、忘れられた、古の盟約を、果たしていただくために、参りました」

巫女。古の盟約。

その言葉に、カイの隣に控えていた、年老いた神官たちの顔が、色めき立った。

しかし、カイの表情は、変わらない。彼は、むしろ、嘲るかのように、鼻で、笑った。

「…巫女、だと?馬鹿馬鹿しい。神話の中の、おとぎ話か。世界樹など、とうの昔に、枯れ果てたと聞く。盟約も、何も、あるものか。それは、我々の祖先が、勝手に、結んだもの。今の我々には、関係のないことだ」

彼の、あまりに、頑なな態度。

リコは、戸惑った。エルダの話では、水の民は、光の一族の、最も、信頼できる、盟友だったはずだ。一体、彼らに、何があったというのだろうか。

「カイ様!お待ちください!」

長老らしき、一人の神官が、慌てて、カイを諌めた。

「その方が、もし、本物の巫女様であったなら、無礼が過ぎますぞ!古の盟約は、我ら、水の民の、魂に、刻まれた、神聖な誓いのはず…!」

「黙れ、長老」

カイは、冷たく、言い放った。「神聖な誓いが、我々に、何をもたらした?我々は、光の一族と共にあったがために、あの厄災の時、多くの同胞を、闇の一族に、殺された!光は、我々を、守ってはくれなかった!それどころか、見捨てて、永い眠りについたではないか!」

彼の声には、深い、深い、絶望と、裏切られた者だけが持つ、癒えぬ、痛みが、込められていた。

そうだったのだ。水の民は、光の一族と共に、闇と戦い、そして、敗れたのだ。その結果、多くの犠牲を出し、彼らの心には、光への、不信だけが、残された。それ以来、彼らは、誰とも関わることなく、この都に閉じこもり、ただ、静かに、生きることだけを、選んできたのだ。

「…もう、我々は、誰のためにも、戦わない。誰のことも、信じない。この都の、平和だけを、守る。それが、私の、族長としての、務めだ」

カイは、そう言うと、冷たく、二人に、背を向けた。

「…話は、終わりだ。衛兵、この者たちを、都の外へ」

交渉は、決裂だった。

あまりに、一方的な。

アレンは、悔しさに、拳を、強く、握りしめた。

しかし、リコは、諦めていなかった。

彼女は、カイの、その氷のように、冷たい瞳の奥に、隠された、深い、悲しみの色を、確かに、見て取っていた。

彼は、民を思う、優しい族長なのだ。ただ、その優しさ故に、二度と、民を、危険に晒したくない、と、心を、固く、閉ざしてしまっているだけなのだ。

(…彼の心を、癒さなければ…)

リコは、静かに、決意した。

(言葉だけでは、だめ。私の、この力で、示さなければ。光は、決して、あなたたちを、見捨ててはいない、ということを)

その時だった。

神殿の外から、人々の、悲鳴が、聞こえてきた。

一人の衛兵が、血相を変えて、謁見の間に、駆け込んでくる。

「大変です!カイ様!都の、浄化の泉が…!浄化の泉から、黒い水が、溢れ出して、人々が、次々と、倒れて…!」

その報告に、カイの顔色が変わった。

浄化の泉。それは、アクアリアの、全ての水の源であり、都の民の、命を支える、心臓部。

そこが、汚染された?

ありえない。あの泉は、代々の族長の力によって、常に、清浄に、保たれているはずだった。

カイが、駆け出していく。

リコとアレンもまた、その後を、追った。

都の中心、大広場。そこに、その泉はあった。しかし、本来、水晶のように、透き通っているはずの泉の水は、どす黒く、濁り、まるで、ヘドロのように、泡を立てていた。そして、その水に触れた人々が、次々と、苦しみながら、倒れている。

それは、間違いなく、「瘴気」の、仕業だった。

闇の一族の、卑劣な、攻撃だったのだ。

彼らは、リコが、ここへ来ることを、読んでいた。そして、水の民の、命の源を、直接、叩くことで、彼らを、絶望させ、そして、リコを、孤立させようと、していたのだ。

カイは、泉の前に、膝をつき、必死に、水の力を、送ろうとする。

「くそっ…!なぜだ…!なぜ、浄化できん…!」

しかし、瘴気の力は、彼の力を、上回っていた。泉は、黒く、濁っていく、一方だった。

その、絶望的な光景を前に、リコは、静かに、前に、進み出た。

彼女は、迷わなかった。

そして、ためらわなかった。

彼女は、その両手を、黒く、汚染された、泉の水の中へと、深く、差し入れた。

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