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巫女の目覚めと世界の息吹

世界樹と一体化したリコは、巫女として完全に覚醒する。彼女が再び目を開けた時、その力は「嘆きの森」全体を蘇らせ、癒しの光で満たしていた。失われた全ての記憶を取り戻した彼女は、自らの使命の全容と、袂を分かった「闇の一族」の存在をアレンに語る。二人の旅は、新たな目的を持って再び始まる。

アレンは、祈るように、ただ待ち続けていた。リコが、世界樹の光の中へと姿を消してから、三日三晩が過ぎていた。門番の老婆エルダは、何も言わず、ただ静かに、アレンと同じように、樹のたもとに座っているだけだった。

「嘆きの森」は、静かだった。しかし、それは、以前のような、死の静寂ではなかった。

リコが世界樹に触れてから、森は、少しずつ、しかし、確実に、その生命力を、取り戻し始めていたのだ。枯れ果てていた木々の枝先には、小さな、緑色の若葉が、芽吹き始めている。ひび割れた大地には、苔が、柔らかな絨毯のように、広がり始めている。そして、どこからともなく、小鳥たちの、さえずりが、聞こえるようになっていた。

森が、永い、永い眠りから、目を覚まそうとしている。その中心には、常に、世界樹の、穏やかで、温かい光があった。

そして、四日目の朝。

ついに、その時が来た。

世界樹が、今までで、最も強い、まばゆい光を放った。その光は、天を衝き、森全体を、そして、空の雲さえも、黄金色に染め上げた。

光が、ゆっくりと、収束していく。そして、光の中心、かつて、リコが吸い込まれていった、樹の幹の部分から、一人の女性が、静かに、歩み出てきた。

アレンは、息を呑んだ。

そこに立っていたのは、紛れもなく、リコだった。

だが、その姿は、以前とは、まるで、別人だった。

旅の汚れがついていた、粗末な服は、世界樹の葉を編んだかのような、神々しい、緑色の衣に変わっている。一部だけが白銀色だった髪は、今や、全てが、月の光を溶かし込んだような、美しい、銀髪へと、変じていた。

そして何より、その瞳。

そこには、もはや、迷いや、怯えの色は、どこにもなかった。全てを知り、全てを受け入れた、慈愛と、そして、揺るぎない意志の光が、宿っていた。彼女は、もはや少女ではなく、永い時を生きる、巫女、そのものだった。

「…リコ…様…」

アレンは、思わず、その場に、膝をついた。

リコは、そんな彼に、優しく、微笑みかけた。その微笑みだけが、アレンの知っている、昔の彼女の、面影を残していた。

「…アレンさん。ただいま、戻りました」

その声は、澄み渡り、聞く者の心を、安らげるような、不思議な響きを持っていた。

「お帰りなさいませ、最後の巫女よ」

エルダが、深く、深く、頭を垂れた。

「いえ…。始まりの巫女、と言うべきですかな。この、新しい世界の」

リコは、自分が眠っている間に、森が生まれ変わったのを、その肌で感じていた。

「世界樹は、まだ、完全ではありません。でも、最悪の時は、脱しました。私が、この樹と、共にいる限り、森は、ゆっくりと、その力を、取り戻していくでしょう」

彼女は、アレンの元へ、歩み寄ると、その手を、優しく、取った。

「待っていてくれて、ありがとう。…ア-

レン」

初めて、敬称なしで、名を呼ばれ、アレンの心臓が、大きく、高鳴った。

その日の夜、三人は、蘇った森の、焚き火を囲んでいた。

リコは、そこで、自分が、世界樹と一体化している間に、知った、全ての真実を、アレンとエルダに、語り始めた。

彼女は、失われた、全ての記憶を、取り戻していた。

それは、彼女個人の記憶だけではない。世界樹を通じて、彼女の一族が、代々の巫女が、見てきた、この世界の、創生からの、全ての記憶だった。

「私の、一族は、『光の一族』と呼ばれていました。私たちは、世界樹の力を借りて、この世界の、生命力の循環を、司っていたのです。それが、私たちの、喜びであり、使命でした」

しかし、壁画に描かれていた通り、大いなる厄災が、世界を襲った。

地底から、生命を蝕む、瘴気が、噴き出したのだ。

「あの瘴気は、ただの毒ではありません。それは、この星が、その誕生の過程で、内側に封じ込めた、純粋な『負のエネルギー』。生命が生まれれば、必ず、その影として、死が生まれるように、世界の、もう一つの、側面なのです」

そして、その瘴気の力に、魅入られてしまった者たちがいた。

それが、袂を分かった、同胞たち。「闇の一族」。

「彼らは、世界樹の、穏やかで、調和を重んじる力を、『弱さ』だと、断じました。そして、瘴気の持つ、破壊と、変化の力こそ、世界を、より高みへと導く、『強さ』だと、信じたのです」

闇の一族は、瘴気の力を、その身に取り込み、変質した。彼らは、不老に近い、長い寿命と、強力な、破壊の力を手に入れた。そして、彼らは、世界樹とその巫女を、自分たちの理想郷を創るための、障害とみなし、攻撃を仕掛けてきたのだ。

永い、永い、戦いが続いた。

光の一族は、癒し、守る力に長けていたが、戦う力には、乏しかった。一人、また一人と、仲間が倒れていく。

そして、ついに、リコの母である、先代の巫女は、最後の決断を下した。

まだ、赤子だったリコを、未来へ託し、自分たちは、残った全ての力を使い、世界樹と共に、永い、永い、眠りにつくことを。

「母たちは、瘴気の活動が、最も、弱まる時が、再び、来るのを、待っていたのです。そして、その時に、新しい巫女である私が、目覚め、世界樹を、そして、この傷ついた世界を、再び、癒すことを、信じて…」

リコの話は、壮大で、そして、あまりに、悲しい物語だった。

アレンは、ただ、黙って、その言葉を、聞いていた。

「…では、リコ様。あなたの、これからの使命は…」

「はい」

リコは、真っ直ぐに、燃え盛る炎を、見つめた。

「闇の一族は、滅んではいません。彼らもまた、永い間、力を蓄え、この時を、待っていたはずです。彼らの目的は、世界樹を、完全に、瘴気で染め上げ、自分たちの支配下に置くこと。そうなれば、この世界は、癒しと再生の力を失い、永遠に、破壊と、苦しみの、連鎖に、閉ざされるでしょう」

彼女は、アレンに向き直り、その手を、固く、握った。

「私は、それを、止めなければなりません。それが、母から、そして、光の一族の、全ての仲間たちから、託された、私の使命です。…そして、そのためには、アレン、あなたの力が、どうしても、必要なのです」

それは、巫女から、彼女に仕える騎士への、信頼の言葉だった。

アレンは、深く、頷いた。

「…承知しております。この命、あなたに、そして、この世界の、光のために、捧げましょう」

彼の覚悟は、もはや、揺るがない。

リコは、彼に、感謝の微笑みを、向けた。

二人の旅は、新たな、そして、本当の目的を得て、再び、始まろうとしていた。

それはもはや、記憶を探す旅でも、逃亡の旅でもない。

世界の、光と闇の、永い、永い戦いに、終止符を打つための、壮大な、戦いの旅路だった。

エルダは、そんな二人の姿を、老婆とは思えない、鋭い眼差しで、見つめていた。

「…道は、険しいぞ。闇の者どもは、狡猾で、強い。今の、お前さんたちだけでは、到底、敵うまい」

「わかっています」と、リコは答えた。「だから、私たちは、仲間を、探さなければなりません。光の力を信じる、全ての人々の、心を、一つに、束ねなければ」

その言葉に、エルダは、初めて、満足げな、笑みを、浮かべた。

「…ふぉっふぉっふぉ。それでこそ、始まりの巫女じゃ。ならば、わしが、最初の、道標を、示してやろう。まずは、南の、水の都へ、向かうがよい。そこには、かつて、お前さんたちの一族と、深い盟約を結んだ、『水の民』の、末裔が、いるはずじゃ…」

新たな、目的地。

リコとアレンは、顔を見合わせ、力強く、頷いた。

夜空には、満月が、生まれ変わった森を、煌々と、照らし出していた。

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