第5話 私、初めてです
「うう、ん」
倒れた状態のまま、ゆっくりと瞼を開く月夜。そこに広がった景色は。
先程よりも、薄暗い。そして……骨董品は無く、ただただ広い洞窟となっていた。
「改築工事、でしょうか?」
それはないだろう、天ヶ瀬月夜。しかし、非現実的なことが起きて錯乱するのは当然だった。逆に言えば彼女は落ち着きすぎなのだ。
とりあえず身を起こして、周辺を歩いてみることにした。
……本当に何もない。人工物のようなものも見当たらない。なぜだろうか。これほどの規模の空洞はどうやって作られたのか。疑問だらけである。
「困りましたね」
夢でも見ているのだろうか? そう思い始めた月夜は、頬をつねってみた。
「……痛いです」
加減を間違えた月夜の頬がそこそこに赤くなっただけだった。どうやら夢ではないらしい。
現実となると、いよいよ対策を迫られた月夜。しかし、どうしようもないという訳ではなかった。
「少々荒っぽいですが……」
月夜が、なぜか拳を構える。
……と、ここで暗がりの奥から声が聞こえてきた。
月夜はほんの少しだけ安堵し、構えを解いてその声に耳を澄ます。
「た……! て――!」
少しずつ、反響しながら近寄ってくる声。
その、正体は――。
「うわぁぁっ! だ、誰か助けてくれ!」
年齢は月夜より一個下ぐらいだろうか。剣を背負った黒髪の少年が、必死の形相で助けを求めながらこちらへ走ってきていた。
その勢いのまま、少年は月夜に抱き着く。
「あら」
豊かな胸に、顔をうずめて泣きじゃくる少年。月夜はとりあえず、少年の頭を撫でてなだめることにした。
「どうしたのですか?」
「ううっ……」
「落ち着いて、話してみてください」
少年は顔を上げて、事情を説明しはじめる。
「俺、ちょっと自分の実力に自信があったからここにきて、あれを倒してみんなを驚かせてやろうと思ったんだ」
「あれ、とは?」
「え? お姉さん、知らないのにここにいるの?」
「ええ、そうですが」
「だ、だったら早く逃げないと! ここには――」
ドシン、ドシン。
少年の言葉を遮るかのように重厚ななにかが歩く音がした。
「ああっ、あいつだ」
二人の視界で徐々に、その姿が露わになっていく。ちらついた火の粉でその相貌がほんのわずかに見えた時。
「え」
思わず、月夜は驚嘆の声を上げた。
それは、あり得ざる光景だからだ。絵本の中でしか見たことのない、その生き物が目の前に確かに存在している。
「グオオオオオ!」
けたたましい咆哮とともに炎が飛び散り、周囲が煌々と照らされてから、完全にその生物の見た目が明らかになった。
……紅竜だった。広大な翼を悠然と広げて、その強大さをありありと示している。
「信じられませんね。……しかし、躊躇っている場合ではなさそうです」
紅竜が、大きく息を吸込みはじめた。そこから火球が膨れ上がり、一帯の気温がみるみるうちに上昇していく。
「か、火炎の予備動作だ……! この距離じゃ避けられないよ! どうしよう、お姉さん!」
月夜は少年を自身の後ろに配置し、少しかがんで目線を合わせて話す。
「大丈夫です。任せてください」
「え……?」
そうしていつもの台詞を、その万人が聞き惚れるであろう美声で言い放つ。
「私、なんでもできますから」
そして月夜は紅竜に対峙する。
「行きます」
月夜は大地を蹴り出した。風が巻き起こったかと思えば、月夜は既に紅竜の懐へと潜り込んでいた。
「み、見えなかった……! 凄い!」
少年は瞳を輝かせている。もはや自分が危機的状況にいることすら忘れて、最強メイドの活躍を目に焼き付けていた。
月夜は拳にありったけの力を込めた。これは、初の経験である。
――相手はドラゴンさん。手加減は無用ですね……!
そして、その絶対的自信に満ちた拳を、凄まじい速度で振り上げる――!
「フッ!」
繰り出された、会心の一撃。
「ゴオオオオオオッ!?」
紅竜は衝撃に耐えられず吹き飛んだ。そして洞窟を貫通し、陽光射す地上を拓き、更に雲を割き――!
星になったのだった。
第5話、読んでいただき本当に有難うございます!
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