しってる?
くそ、気分が悪い。
この吐き気とも違う、内臓を絞られるような感覚には慣れそうもない。
原因はわかっている。
俺の作品にもたらされた感想だ。
感想を見るのも作家として重要な仕事だが、やはりどうしても送られたそれを見るのには大きな精神的負担がかかる。
開こうとすると胃液がこみ上げるような感覚が走った。
どうも俺は感想をよほど怖がっているらしい。
仕方ないので、感想は置いておいてまずは届いた手紙から見ることにした。
投函されたとき、俺は間髪入れずに扉を開き外を確認したが、なんと、というかやはりというか、部屋の前には誰もいなかった。
念のためにエレベーターのほうまで見てみたが、誰もいない。
これでちゃんとした郵便物であるという可能性はほとんど断たれたといっていいだろう。
何故なら俺のマンションは郵便物やチラシは基本的にほかの住人と一括で届けられるのだ。
偶々俺だけだった可能性もあるが、そんなことはないと俺は思っている。
というかホラーで真相がそれでは駄作もいいとこだ。
しかし、本当にこの手紙が心霊的なものだと思うとさすがにぞっとする。
しかし、それは感想を読む重圧に比べればまだマシであった。
『くねくねしているものを見ると人が狂う』
これまた見覚えのある言葉だ。
たしか、どこかの地方の都市伝説ではなかったか。
名前はそのまま“くねくね”であったはずだ。
調べてみると、特にどこの地域に限った話ではなかったようだ。
ネット上で流布されている怪談話で、弟から聞いた話というテイストで進められていく。
弟の友達Aは兄と共に田舎に遊びに行った際、田んぼの向こうに何やら白いものを見た。
その姿は白い服を着た人間のようで、体をくねくねと踊るように動かしており、それを見てしまった兄が障害を負ってしまう、という話だ。
どうやらくねくねを見て、それを理解してしまった人が狂ってしまうらしい。
このくねくねの話もかなり有名だ。
俺は正直この話があまり好きではない。
ホラーとして不十分すぎるのだ。
そもそも語り手の弟の友達の兄、という又聞きに又聞きを重ねたテイストでは誰も臨場感を感じることができない。
それに、読者に不親切すぎるのだ。
兄の身に何が起こったのかわかりにくく、おまけに怪異の全貌すらわからない。
これでは消化不良もいいところだ。
普段は作品に手を加えることを酷く嫌う俺だが、この作品に限っては原文よりも改変された作品のほうがマシに思える。
そちらの方が兄の取り返しのつかなさや、Aの幸運さがよくわかり、すこしは怖さが増している。
それでも、俺の好みには程遠いが。
どうせならくねくねという存在をもっと深く掘り下げるべきなのだ。
くねくねしている何か、では何もわからない。
気に食わない作品だ。
まぁ、素人が作ったのだろう作品に俺のような奴が文句を垂れるというのもあれだが。
そんなことを考えていると少し気が楽になった。
そう、俺はプロだ。
まだ何の賞も取れちゃいないが。
しかしきっとみんな俺の凄さをわかってくれているはずだ。
糞、糞。
糞、あいつらは何もわかっちゃいない。
何が『作者の意図がわからない』だ。
そんなものわからないお前たちがおかしいのだろう。
俺はしっかり理解できるように書いているのだ。
見かけだけの好感触の文章の上に並べられた不満の声がなんとも不愉快だ。
『この作品はさほど怖くない。ホラーとして失格だ』などと書くこいつはおそらく本物のホラーというものを読んだことがない馬鹿者なのだろう。
故に、この長々と書き連ねられた俺の作品に対する指摘も何の意味も持たない。
糞。
『これからの精進を期待する』とか『次の作品を楽しみにしています』とかどいつもこいつも自分の体裁を気にして繕いやがって。
そう思ってるのならどうしてこんなに、ネチネチくどくどくねくねと愚文を
ふと、自分の中で納得がいった。
くねくねとしているもの。
それはこの文字ではないのか。
いや、違う。
きっと、世界にはくねくねと同じ、この感想と同じように、見た者を狂わせるものがあるのではないのだろうか。
そして、何よりも恐ろしいのは、それを見て、自分が狂っていることに気づくことができないことではないか。
そこまで考えて、ゾッとした。
俺は、気づかない間に狂ってしまっているのではないか。
怖い。
『絶対に読んではいけない手紙』それがなんとなく現実味を帯びてしまった気がする。
とにかく、今考えるべきなのは次の賞についてだ。
今度こそは上手くいくはず。
こんな感想文など気にするだけ無駄だ。
そう、上手くいくのだ。




