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9.女傭兵・エスカ

「まず最初に……あたしはエスカ。エスカ=ロールハートです。これ、名刺どうぞ」


 そう名乗ったオレンジ髪の少女――エスカが、一枚の名刺を差し出す。

 アルスはそれを受け取りながら、思わず感心したように目を丸くした。


「こ、これはご丁寧にどうも……。僕も名刺作ろうかなぁ」


 厚手の紙に印刷されているのは、三本の刀剣とドラゴンの首を組み合わせた紋章。力強く洗練された意匠から、所属組織の規模や格式がうかがえる。


 そしてその下に記された肩書きを見た瞬間、アルスは目を見開いた。


「傭兵ギルド・ウォーブランド……エスカ=ロールハート。えっ、傭兵!?」


「よく驚かれるんですけど、女の傭兵もいなくはないんですよ」


 エスカは慣れた様子で苦笑する。

 だが、アルスの驚きは簡単には収まらなかった。


 傭兵――護衛、用心棒、時には戦場にまで駆り出される危険な仕事。荒事とは切っても切り離せず、常に命の危険が付きまとう職業だ。


 当然ながら男女比は極端に偏っている。体力仕事である以前に、そもそも女性が飛び込もうとする世界ではない。

 それだけに──目の前の華奢な少女と“傭兵”という単語がどうしても結びつかなかった。


 夕焼け色の長い髪に、整った顔立ち。どこか儚げな雰囲気すら漂わせる彼女が、剣を持って魔物や盗賊と戦っている姿を想像しようとしても、脳が上手く処理してくれない。


 隣ではガーディールも「マジか……」と呟いていた。


「へぇ~~……すごいな」


 率直な感想が、短絡的に口から漏れる。


「改めてよろしくお願いします」


「こちらこそ。今日は来てくれてありがとう、アルスさん」


 軽く頭を下げたエスカは、それまでの柔らかな空気を少し引き締めるように表情を改めた。

 応接室に静けさが落ちる。

 窓の外では夕暮れの光が傾き始めており、差し込む橙色の陽光が三人の影を長く伸ばしていた。


「それで、仕事の内容なんだけど……」


 エスカは一呼吸置いてから、ゆっくりと言葉を続ける。


「私の友達が住んでいる村で、男の人がいなくなってるらしいんです。手紙が届いて……」


「男の人が?」


「ええ。最初は一人、それからまた一人って感じで消えていって……ついには全員。今、村には女の人と子供しか残ってないみたいで」


 まるで怪談じみた話だったが、アルスの表情は神妙になっていく。

 頭の中では猛烈な勢いで知識の照合が始まっていた。


 成人男性を優先的に襲う魔物。群れで行動するタイプか、それとも特定条件で獲物を選別する種か。攫うのか、捕食か、それとも――。


 顎に手を当てて考え込むアルスを横目に、先に口を開いたのはガーディールだった。


「全員って……村の規模は知らねぇスけど、本当の話なんですか? なんか悪趣味なドッキリとかじゃなくて」


「そんな嘘つく子じゃないです!」


 食い気味に返された声は、思っていた以上に強かった。

 エスカははっとしたように口元を押さえる。


「あっ……ご、ごめんなさい。急に声おっきくして……」


「い、いや。俺が失礼でした」


 ガーディールも珍しく素直に頭を下げた。

 友人を疑われたことが許せなかったのだろう、エスカの表情には不安と焦りが滲んでいた。


 きっと彼女自身もこの件を軽い話だとはまるで思っていない。


「……ともかく」


 エスカは気持ちを落ち着けるように小さく息を吐いた。


「こんな異常事態、人間の仕業とは思えないわ。きっと魔物が関わってる。だから今回お願いしたいのは、この事件の調査と……可能なら解決です」


「なるほど……」


 アルスは低く唸る。

 魔物事件の可能性は高い。だが、情報が少なすぎる。

 消えた男達に共通点はあるのか。死体は出ているのか。それとも痕跡ごと消失しているのか。


 知りたい事は山ほどあった。


「ちなみに、その手紙……見せてもらっても?」


 そう尋ねたのはガーディールだ。


「もちろん。持ってきてます」


 エスカはテーブルの上に置いていた便箋を差し出した。

 ガーディールがそれを受け取り、慎重に開く。

 ごつごつした大きな手の中では、小さな便箋がやけに頼りなく見えた。


 横から覗き込んだアルスは、びっしりと書き込まれた文字量に思わず眉を上げる。


「内容は?」


「待て、前半だいぶ近況を気にする話だな……。あー、ここか。本題」


 ガーディールが紙面を指で追いながら、声を落とす。

 依頼書代わりの便箋に綴られた、村からのSOS。


 アルスは無意識に息を呑み、その続きを待った。

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