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4.青年は干されている・その2

「──真面目な話、僕に仕事なんてないよ。営業しても名前出すだけでみんな避けてくんだからさ」


「おーおー、大した嫌われっぷりだな。だったら皿洗いでもなんでもやれよ。そこまで面倒見れねぇぞ俺は」


 完全に縮こまっているアルスを先導しながら、ガーディは至極もっともなことを口にする。

 皿洗い。

 アルスはその単語を頭の中で反芻してみたが、どうにも厨房で働く自分の姿が想像できなかった。


 とはいえ、付け焼き刃でできそうな仕事として真っ先に飲食店が浮かぶ辺り、自分もガーディも大概世間知らずなのだろう。


「あとは庭掃除とか犬の散歩とかか?」


 もはや仕事というより手伝いだった。

 ガーディの中で、自分がどんどん社会不適合者扱いされていく気がして、アルスは少し泣きたくなる。


「いや……分かってるよ。僕もいつまでも無職じゃいられない」


「おっ、やる気あるじゃねぇか」


 これ以上、友人の中の自分の評価を下げるわけにはいかない。

 そう考えれば、自然と力も入るというものだ。

 アルスは拳を握り締め、高らかに宣言した。


「今日で絶対に仕事を見つける!! そして目指せ図書館入館許可証!!」


「おう! 志は割と本気で低いが良いと思うぜ! あとお前の目標は家賃な!!」


「僕は本気だぞガーディ!! 行くぞまずは魔物相談窓口だ!!」


 意気揚々と目指すは社会の歯車。

 博士としての、最初の仕事を始めるのだ。


 ◆


 ――場所は変わって、ブレイズのメインストリート。


 ドーラ王国の首都【ブレイズ】の大通りは、世界でも有数の巨大街路として知られている。


 煉瓦造りの建物群の間を、大勢の人々が絶え間なく行き交う。その頭上では、個人飛空艇が風を切りながら縦横無尽に飛び回っていた。


 昔は地下にも交通網が発達していたらしい。


 だが現在、地下空間の大半は飛空艇を支えるための巨大な魔力柱によって埋め尽くされている。人々の移動手段は、地上と空中へ完全に移行したのだ。


 地上数十メートルほどの高さを当たり前のように飛び交う個人飛空艇。

 魔力というエネルギーの研究が進むにつれ、こうしたインフラ技術は飛躍的な発展を遂げていた。


「えっと……大変申し上げにくいのですが、アルス様はお仕事の受注を禁止されているようです……」


 そんな大通り沿いにある建物の中で、窓口越しの受付嬢が困ったように微笑む。

 ここは傭兵や魔物研究家へ仕事を斡旋する大型施設――【魔物相談窓口】。


 しかし、アルスへ向けられる言葉は一年前から何一つ変わっていなかった。


 社会の風は冷たい。


 実に冷たい。


「だから言ったろ。調査任務も無理だっつぅの」


「わ、わかんなかったじゃないか。ほとぼりが冷めてるかもだったし……」


 魔物研究家の仕事は大きく二つに分かれる。

 一つは、魔物の生態や魔力について研究を行う【学問の追及】。

 新たな論文や学説を発表し、それが学会に認められれば報奨金や地位を得られる。大学講師や研究員などもこの分類だ。


 そしてもう一つが、【調査任務】。

 魔物による被害や災害を調査・解決する実地仕事である。

 魔物によるゴミ漁りの対処から、人身事故の防止、危険個体の調査まで内容は多岐に渡る。危険度に応じて報酬も大きく変動するため、フリーの研究家たちの主な収入源となっていた。


 もっとも、アルスに【学問の追及】の道はほぼ残されていない。


 論文はまともに審査されず、大学職員の道も閉ざされ、メディア仕事など当然無縁。

 となれば、残された選択肢は調査任務だけなのだが――


「いやあの……そこをなんとか。ちょっとアウトローな依頼とかもやりますので……」


「公立の相談窓口にアウトローな物はありません……」


 にこやかな営業スマイルと共に、一刀両断だった。

 頼みの綱すら封じられている現状に、アルスは内心頭を抱える。


 調査任務を受けるには研究家としての証明書が必要になる。学会が管理している以上、特定人物を締め出すのは容易なのだろう。


 とはいえ、ここまで徹底されると流石にいじめではないかと思わなくもない。


「……ダメですか」


「ダメですね♪」


 どれだけ粘っても結果は変わらなかった。

 結局、アルスは肩を落としながら窓口を後にするしかなく、ガーディと共に施設内のカフェへ逃げ込む。

 巨大な商業施設の一角にあるそのカフェは、休日ということもあって家族連れで賑わっていた。


 そんな空間の中、大男ともやし男の組み合わせは妙に浮いている。


「あんな営業スマイルで言われちゃどうしようもないよ……」


「取り付く島もないってああいうこと言うんだな」


 ガーディはアイスココアを、アルスはコーヒーを飲みながら揃って項垂れる。


「やっぱ学会に顔と名前抑えられてるお前じゃ公共機関は使えねぇよ」


 ココアを半分ほど飲んだところで、ガーディがすっぱりと言い切った。


「聞いてて改めてすごい事言われてる気がするよ。公共機関が使えない納税者ってどういう事さ本当に」


 誰が聞いても学会が権力を持ちすぎている気はするが、それは魔物研究という専門分野に限った話だ。


 むしろ、現場を知る専門家たちが制度運営を担っているからこそ、魔物被害への迅速な対応が可能になっている側面もある。


 全国各地に設置された相談窓口によって人々はすぐ調査依頼を出せるし、研究家たちは現地調査と研究費稼ぎを両立できる。

 システム自体の有用性は今日に至るまで痛み入るばかりだ。


 理解はしている。


 ……しているのだが、納得は別問題だった。


 どう考えてもいじめではないか。

 アルス自身訴訟も辞さない勢いである。


 もっとも相手は巨大組織。個人で戦って勝てるはずもなく、アルスにできるのは白旗を振ることくらいだった。


「公共機関は使えない。頼れる人もいない……」


 選択肢は少ない。

 だが、ゼロではない。


 つまり、公的でない仕事を受ければいいのだ。

 証明書も審査も必要ない、個人依頼。


 アウトロー万歳である。


「だとするとやっぱり、個人営業一択!!」


 アルスは飲み干したコーヒーカップを机へ置き、勢いよく立ち上がった。

 椅子がガタンと大きな音を立て、周囲の視線が集まるがそんな事は気にならない。


 ついでにガーディが「ダメだこりゃ」とでも言いたげな目を向けてきていることも気にならない。


「この日のために作ったのぼり!! ちらし! たすき! これで集客して見せるッ!!」


 鞄の中から営業道具を取り出しながら、アルスはどこか誇らしげに胸を張る。

 こんなこともあろうかと事前準備しておいて正解だった。


 個人事業主にとって売り込みは生命線。

 今こそ、自らの営業スキルを披露する時である。


 社会の風に負けるな――アルスはそう己を鼓舞しながら、再び大通りへ飛び出していった。

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