vs オーク
ご注意:本作品には、主人公が育った時代背景を反映し、現代では差別的とされる表現が一部含まれています。これらは昭和時代の風習や価値観を忠実に描写するためのものであり、差別を助長する意図は一切ございません。当時の文化や社会の在り方を理解する一助となれば幸いです。
作品の趣旨をご理解いただいた上で、ご鑑賞いただければと思います。
自警団に参加するようになってから、ほぼ毎日、小悪魔の相手をしている。
初日は朝から晩の日勤だったが、最近じゃ夜回りもするようになった。
当然だが、農作物を荒らそうとするなら夜に活動した方が見つかり難い。
つまり小悪魔の数が多いって事だ。
夜回りとなると、数十匹の小悪魔を相手に数人で戦わなきゃならんから、正に命懸けだ。
俺やダンだけでなく自警団のメンバーは他にも大勢居るが、その連中も毎日戦っている。
毎日こんだけ駆除しているというのに一向に減らない小悪魔はすごい数なのだろう。
もしかして鼠のように増殖しているのかと勘ぐってしまうよ。
そして意外だったのは、小悪魔にも女が多いって事だ。
ここは意識の力が支配する世界だ。
筋肉が力の優劣を決める訳じゃねぇから、意志の強さだけなら男も女も関係ないらしい。
男だからって意志の弱い奴は多いし、女でも強いモンは強ぇ。
そしてその逆もまたあるって事だ。
ただ暴力に対する生理的な嫌悪もあって、荒事に参加する女達はゼロじゃねぇが少数だ。
俺も暴力が好ましいとは思っていないが、毎日がこんなだと感覚がマヒしてくる。
◇◇◇◇◇
今朝は久々の朝番ということで、10日ぶりにマサヨシと会った。
「よう、イサム。入団早々大活躍だと聞いている。助かっているせ」
「まさかこんなに荒くれた生活を送るたぁ思っても見なかったぜ。転職したくなったよ」
勿論冗談だが、冗談一つ言えねぇ職場は気詰まりしちまう。
「イサムが転職か? はははは、何をするつもりだ。
まさか節子の横で事務でもやるのか?」
「それも良いかも知れねぇが、とりあえず経験があるのは営業だな。自営の経験もある。自警じゃねぇぞ、自営だぞ。
実家は農家だった。あと身体を動かす仕事も多かったな。掃除屋とか、運転手とか、プレハブ住宅の建て方(※建物の骨組みを組み立てる仕事)とか色々やったな。
自営も一番羽振りが良かった頃は社長って呼ばれていたが、人にダマされてすっかんぴんになっちまったけどな」
「お前さんも苦労してるんだな」
「俺の世代で苦労していない奴なんて金持ちのボンボンか、悪党だけだ。
別に苦労ってほどのこたぁねぇ。力の限り好きにやっていただけだ。
苦労の甲斐あって孝行息子が育ってくれたんなら、俺の人生も捨てたもんじゃねぇよ」
「俺もそうだったな。もっとも俺の場合は娘だがな」
なんかマサヨシとは年代も同じくらいに感じるな。
見掛けは30歳くらいなのに。
もっとも俺も鏡を見て驚いたが35くらいの頃のオレそのものだった。
残念なことに銀幕のスターみたいにイカした顔にはならなかった……らしい。
「ところでイサム。今日は別の仕事を引き受けて欲しい」
「何だ? いよいよ営業を任せるのか?」
「営業じゃないが、食料を運ぶ仕事だ」
「運搬か? 力仕事なら任せておけ」
「運搬じゃない。護衛だ。運んでいる食料を小悪魔から守るんだ」
「何だ、結局は小悪魔の相手かよ」
「イサムが一緒なら大丈夫だろう。頼むぞ」
「へいへい、任されてくれ。で、何処へ行けばいいんだ?」
「もうすぐ荷台の列が来る。それに食料を積んで目的地へ行くんだ。
今回は5人ほど護衛を付ける事にした。残り4人はもうすぐ来るはずだ」
「はずだって……来ねぇこともあるのか?」
「まだ言ってないからな。予めメンバーを決めるのが難しいんだ。
その日の体調ってのもあるからな」
「まあ、俺は大丈夫だ。頑丈なのが取柄みたいなもんだからな」
「まあ、頑丈なのと体調は別の問題なのだが、頼む」
こうして護衛の仕事を引き受けたが、確かに一人が急遽来れなくなって4人で護衛をすることになった。
一人が2割増しで働けば帳尻は会う。
気を引き締めていかねぇとな。
4人で待っていると荷台を引いた農家たちがやってきた。
これから畑へ行って収穫する段取りだ。
ガラゴロガラゴロと荷台を引いて畑へと向かった。
そして畑に着くと農家たちは作物を箱の中に投げ入れるようにポイポイと放り込んでいった。
農家の出としちゃあ余り感心しないが、ここは日本じゃねぇから細けぇ事は言うめぇ。
ただ、箱の中の作物は明らかに出来の悪い物だ。
ひょっとしてたい肥にでもするのか?
しかし、マサヨシは『食料』って言ってたよな?
違和感を感じつつも、積み終えた農作物を積んだ荷台の列を俺達4人の自警団が散開して護衛した。
(ガラゴロガラゴロ……)
向かった先は街を囲う塀の端っこだった。
ここの前を歩いたことはあったが、改めて見るとここが奇妙なことに気付いた。
塀の中に塀があるのだ。
ひょっとしてムショか?
荷車は塀の中の塀の出入り口を通って中へと入った。
ムショというより、スラムの中のスラムに入った感じだ。
俺が住んでいる辺りはボロ屋だがそれでも人としての尊厳を守るくらいには形になっている。
だけどこの辺りは、現世のホームレスと変わらねえ。
雨露をしのげるかすらも怪しい。
荷車を引いた一行は、塀の中の真ん中へんにある広場に到着した。
そこにはボロを纏った連中が待っていた。
ボロどころか素っ裸の奴も混じっている。
男が多いが、女も居るのが目についた。
「じゃあ、食料を配給しまーす」
ベテランらしい自警団の一人が声を張り上げた。
今回の段取りは全てそいつに任せてある。
俺は『食料を巡って喧嘩にならない様見張ってくれ』とだけしか言われていない。
ルンペン風な連中が押すな押すなと列をなし、押し合いへし合いだ。
それにしてもこの街にはムショがあるとは思わなかった。
連中は一体何をしたんだ?
そんな事を思っている内に30分もせず荷台の農作物は空になった。
連中は飢えているらしく、殆どがその場で丸かじりして配給品を食っていた。
火を入れないと不味かろうに……。
一通り配り終えてとりあえずこれで帰るだけだと思ってたら、あちこちで別のイベントが始まっていた。
あちらこちら所構わず、性交をおっぱじめたのだ。
何だこりゃあ?
俺が戸惑っているのを見て、ベテランさんが声を掛けてきた。
「イサムさんはここは初めてだったみたいだね?
びっくりした?」
「そりゃあな。
こんなところがあるとも知らなかった」
「まあここで長話するのも何だから帰りの道中教えるよ。
連中は猪人なんだ」
「猪人!?」
猪人って……性欲を自重できない連中の成れの果てだとリチャードが言ってたな。
確かに自嘲していねぇが……。
だけど何故俺達が猪人を囲って、連中に食料を下げ渡しているんだ?
分からねぇことばかりだ。
「ああ、頼むわ。分からねぇことが多すぎて少し混乱している」
「私もだったから気持ちは分かるよ。じゃあ、行こうかね」
言い忘れていたがベテランさんは女だ。
テイラーって名前らしい。エリザベス・テイラーの親戚か?
化粧っ気が全くないが、宝塚に出てきそうな凛々しい麗人みたいだ。
麗人というには少々ガサツだが、外人さんらしい力強い胸がバーンと出ている迫力美人だ。
シャツは先っちょがツンと尖っているのが二つあって、どうしても目が行っちまう。
……恐ろしい罠だぜ。
この後、テイラーから猪人だけでなく、この街の成り立ちみたいな話も聞く事になった。
(つづきます)