始まりの街・・・(5)
世界観がちょっと違うだけで、前提となる設定が全然変わってしまうっていうのは、書いていて面白いですね。
炊き出しの場所へ行くと、何人もの男女が列を為していた。
俺もその列の一番後ろに並ぶ。
こうゆう事は当たり前に出来るこの街はだいぶ礼儀正しい連中が多いってことなのだろう。
配膳係が手際よく食事を配り、すぐに俺の番になった。
すると配膳係の中にチャーリーが居た。
「なんだ、チャーリーはこんな事もやっているのか?」
「ええ、私は萬屋みたいなものですから」
「働きモンだな。じゃあ、俺はこれでお暇するぜ。
こっちの世界に来て初めての食事だ(※ジャーキーを除く)。
家でゆっくり味わって食べるわ」
「それじゃあ、明日は自警団へ直接向かって下さい」
「おうよっ!」
炊き出しではその場で食べる連中も多かったが、俺は新しい我が家へと戻った。
炊き出しが雑炊だったから、きちんと座って食べたかったのだ。
お米を粗末にすることはどんなに豊かになろうが出来なかったし、こっちの世界では食料は貴重みたいだ。
こっちの農家がどんななのかまだ見てはいないが、きっと苦労したのだろう。
お米以外に入っているのは里芋だ。
おかずは串焼の肉、多分豚肉だろうが少し硬いから猪かもしれない。
昔はよく食ったものだった。
昔の車はボンネットが頑丈に出来ていたから、車に乗って山道で猪を見つけたらぶつかって行けと言われたものだった。
実際にやったことはねぇが、猪の値段が修理代より安いって言ってた。
味付けは塩だけだ。
醤油とかはねぇのか?
味噌なら作った事があるから、大豆が手に入るのなら作ってみてぇな。
腹いっぱいという訳にはいかねぇが、とりあえず人心地ついた。
その後、周りの家に挨拶回りして、怪しい者が来たんじゃねぇとアピールしておいた。
やっぱ日本人が多いな。
◇◇◇◇◇
翌朝、何時に行けばいいのか分からず、日が登ったのを見て番所へ向かった。
時計なんか無さそうだ。つーか時間があるのか?
番所にはマサヨシが既に居て、他の者と話をしていた。
「おはよう、もしかして遅刻だったか?」
「いや、十分すぎる程早いよ。
ここでは時間が大雑把だから、気にしなくていい」
「ここって俺達が居た地球と同じなんだよな?
一日の長さが違うって事はねぇのか?」
「時計が無いから分からんが大体24時間らしい。
何でも天文に詳しい者が振り子を使って一日の長さを測ったらしい。
地形は別にして、何もかもが地球と同じという結論だった。
昨日は見えなかっただろうが月もある」
「へぇ~、何だか都合が良過ぎて詐欺にあっているような気分だ」
「言わんとすることは分かるが、中には女神様に傾倒している者も居る。
あまり女神様を批判するような言葉を口にするとトラブルになるかも知れん」
「分かった。気を付けるよ。
ただ思った事がすぐに口に出ちまうのは簡単に治るかは自身がねぇな」
「頼むよ」
「で話は戻るが、ここには時間ってのがあるのか?」
「ああ、一応はある。そーゆーのを気にする奴は多いからな。
昨日行った互助会にはかなり精密に作った日時計があるし、裏へ行けばここにも簡単なのが置いてある。
一応は元の世界に準じた勤務だが、何せ敵は24時間営業だ。
ついつい残業残業で、一日の生活のリズムが狂っちまうよ」
「そんなの多いのか?」
「ああ、昨夜もあったと報告を受けたところだ。
連中にしてみれば、我々から食料を奪う事が生きる価値みたいなものだからな」
「何とも傍迷惑な価値観だな」
「連中の物欲を満たせる唯一の方法が略奪なんだ。
決して勤勉に働いて貯蓄する事ではない。
日本ほどではないが、ここにも冬もある。食料を蓄える事が出来ないんだ。アリにも劣る連中だよ」
「四季があるって事か?」
「残念ながら四季という程、風情な物はない。
俺はこの世界に来て一年くらいだが、ここは東南アジアの気候に近い気がする。
欧州やアフリカの気候なんて知らんがな。
だが、おかげで稲が育ちやすいからあながち間違いじゃねぇだろう」
なるほどな。
日本人が多いわりに日本っぽく無いわけだ。
「じゃあよぉ。冬が1月だとして、今は何月頃だ?」
「確か……今日は4月1日だ」
「四月馬鹿かよっ!」
「わはははははは、そーゆー事になるな。イサム。
嘘じゃねぇから安心しろい。
じゃあ、今から見廻るから一緒に来いや」
「おう、頼むぜ」
話をすればするほど、けったいな場所だと思う。
しかし文句ばっか言ってても始まらねぇ。
細けぇ事をグジグジグジグジ言う年寄りは嫌われっからな。
◇◇◇◇◇
案内されたのは農場だった。
広い水田と畑が広がっていた。
これだけの広さを見張るじゃ、いくら人出があってもこりゃ足りなねぇわな。
……?
確か今日は4月1日って言っていたよな?
にしちゃあ、稲が随分と育っている。
まるで7月か8月みたいだ。
「4月なのに稲が育っているのか?」
「ああ、ここは温かいから三期作をしている。
この稲は来月に収穫の予定だ。
そこから田植えして9月に二期作目、来年の1月に三期作目だ。
化学肥料って便利なものが無いから収穫はイマイチだが、この街の住人の食料をどうにか賄えている」
だいぶ日本とは違うんだな。
日本人が周りに多いからといってここは日本じゃねぇことに早く慣れねぇといかんな。
「見ての通り、これだけ広大な農地だ。
小悪魔共の格好のターゲットだ。
連中は我慢という言葉を知らん連中だから、24時間一日中見張らないと、あっという間に全員が干上がってしまう。
実際に、一度そんな事はあったそうだ。
街だけでなく小悪魔共も数を減らしたらしい」
「そんなに面倒な連中ならよ、こっちから打って出ねぇのか?」
「そんな事をした事もあったらしい。
ネズミやイタチみたいに生殖で増えるのなら住処を叩き潰せば駆除できる。
だがよ、小悪魔の集落を叩き潰そうが、小悪魔は現世から数限りなくやって来る。何処からともなく発生するんだ。ここはそーゆー成り立ちで出来た世界だからな。
だから住処を潰したところで小悪魔は無くならねぇし、下手に街の中に紛れ込まれても困る。だから連中を一か所に集めておいた方が何かと都合がいいって結論になっている。
……今んところはな」
「つまり、こっちに悪さをしてきた者だけを返り討ちにするって事か?」
「そうだな、連中が弱いから成り立つ対策だ」
「分かった、じゃあ俺はこの農場を見廻ればいいんだな」
「そうだが二人一組が原則だ。
それに見つけた時の約束事もある。
何よりお前ぇさん、手ぶらだろ?
一旦、番所に戻ってそれからだ」
「分かった。任せてくれ」
こうして俺のここでの生活が始まった。
最近の車は、歩行者保護の観点から衝撃吸収構造が徹底してるため猪とぶつかっても余程のスピードでないと逃げられますが、昔の車ならばどうなんでしょう?
鹿児島の山奥(※マジ)で育った父は、そんな事を言ってましたが……。