始まりの街・・・(3)
街……というべきかどうか分からねぇが、やって来たこの場所は賑やかな場所であるのは間違いねぇ。
しかし人が居る割に発展していないスラム街……昔のドヤ街みたいな感じか?
あしたのジョーにも出てきたアレだ。
違うと言えば、コンクリやトタンは無くて全部木造なくらいだ。
見渡す限りに高くて立派な建物は無い。
殆どが掘っ建て小屋というかログハウスみたいな家が並んでいる。
ボロボロに廃れた家だったり、小綺麗にした家だったり、妙に気合が入った家だったり、色々だ。
何処かしら日本っぽい感じがするのは気のせいか?
それにしても俺みたいな力持ちが他にも居るんだったらもう少し、マシなもんが建てられねぇのかよ。
戦後のバラックは思い返してもあまりいい思い出ではない。
大阪万博の頃まで貧乏な奴はそんな家に住んでいたし、船に住んでいたのも居た。
「こう言っちゃあ何だが、あまり文化的とは思えねぇ場所だな。
もっと小綺麗な都会には住まねぇのか?」
駅馬車を降りて、横に歩くチャーリーに尋ねると、困ったような顔をしてこう答えた。
「住処にあまり手間を掛ける人は少ないですね。
全部手作業なんですから最低限の生活が出来れば、あとは好き勝手に生活している人が殆どです。
でも都会はありますよ。
ここの生活に慣れてしまった者には住み難いですけどね」
要はこの貧民街みたいなところでの生活を気に入っているって事か?
まあ、俺も戦後のドサクサじゃあ、こんな場所で生活していた時期もある。
だけどそんな場所を抜け出していっぱしの生活を送りたいって思っていたし、その夢がかなった時ゃすごく嬉しかった。
借家だったけど、俺もか―ちゃんも手を取って喜んだっけなぁ。
共同トイレだったけどよ。
もっとも今の俺は今夜食う物に困っている宿無しだ。
チャーリーに聞いて職でも探すか?
それにしても俺達ぁ何処へ向かっているんだ?
「着きました。ここです」
バラックよりは立派な家? 店? 酒場? の前でここが目的地だとチャーリーが教えてくれた。
「ここは何だ? 店か?」
「ここは互助会です。
この世界にやってきた人達を真っ先に案内する場所でもあります。
ちなみに私はここの職員みたいなことをやっております」
なんだそーゆー事か。
妙に面倒見がいいと思ったら、チャーリーは団体職員みたいなモンだったんだ。
「この互助会って場所は何をするところだ?」
「する事は様々ですが、個々の適正に合わせた仕事を斡旋したり、自警団を組織して外からの脅威から街を守る役目や、別の場所にある互助会との情報の共有などもあります。
私はちょうど隣町から帰るところを小悪魔に襲われたのです」
「そいつは災難だったな。
じゃあ俺はここでいろいろと教えて貰えるのか?」
「はい、でもここに来るまでに殆ど私が教えました。
もし他に聞きたい事があればお答えしますが、まずはお仕事を斡旋しましょう。
仕事をする方には食事も用意します」
「随分と至れり尽くせりだな」
「説明すると長くなりますが、こうしなければ社会が廻らないという事に気付いた先人達が築き上げたシステムだそうです」
「それじゃあ、まずは仕事だな。働かざるもの食うべからずだ」
「日本人の皆さんは皆、そう言って仕事に取り掛かって下さいますから助かります」
「そうか? それが万国共通の当たり前ってモンじゃないのか?」
「残念ながら、そうでないお国の方も多く居ます。
イサムさんが日本から来たと聞いてホッとしたくらいです」
日本人ってのは余程信頼されているのか?
でもまあ悪い気はしねぇ。
俺も期待に応えないとな。
◇◇◇◇◇
建物の中に入ると、割と賑やかな場所だった。
女が多いからだな。
きっとチャーリーはここの女達からモテているんだろうな。
色男だし、性格も良い。……半日だけの付き合いだがな。
ラウンジみたいな広い部屋にテーブルが10個くらいあって、事務員さんらしい女性が対応していた。
それにしても……子供までいるのは何故なんだ?
違和感で妙に眼が引きつけられる。
案内された机には、ここにも綺麗な事務員さんが居た。
チャーリーが俺を紹介してくれた。
「こちらはイサムさんです。
駅馬車を小悪魔に襲われているところを助けてくれました。
とても強い方で、心根の真っ直ぐな方です」
おいおい、そんなに持ち上げられるとテレちまうな。
「こんにちは、勇さん。
私は節子と申します。
ここで皆さんのお仕事の案内をしております。
今後とも宜しくお願いします」
若い女の子が丁寧に言挨拶してくれるのは何だか新鮮だな。
ドヤ街には似合わねーぜ。
「俺は勇っていう日本から来た者だ。
ここがどんな所か分からなくて迷子になっていたところをチャーリーが案内してくれたんだ。
俺こそチャーリーに助けられたクチだ」
「ええ、この世界に来たばかりですと戸惑う事が多いと思います。
いっぺんに教えるより、少しずつ慣れていくのが宜しいかと思います」
「気遣いありがとな。
で、俺が出来そうな仕事ってあるのか?」
「はい、少々お待ちください」
節子って女は奥の棚にある大きな木札を取って、それを立て掛けた。
そして別の木札を見ながら話し始めた。
「今、空きがありますのは自警団と大工。
そして狩猟班からも人が欲しいと要望があります。
小道具係はいっぱいですが、靴職人だけは人が足りていません」
「イサムさんは小悪魔をいとも容易くやっつけましたから自警団がいいかもしれませんね」
「でもよ、何度も言うが、俺は喧嘩はした事はあるが、格闘の類は一切やっていねぇ。
木刀すら握った事がねぇ」
「それは大丈夫でしょう。
一番警戒しなければならないのは小悪魔と猪人です。
イサムさんなら問題ないと思います」
「小悪魔はさっきの強盗だよな?
猪人はまた違うのか?」
「そうですね。私から説明します」
事務員の節子が説明を買ってくれた。
「そもそもですけど、この世界は元の世界で生きているのか死んでいるのか分からない者が送られて出来た世界だと言われております」
「そうだな。ここに来る前、姉ーちゃんが俺の身体は介護施設のベッドの上だって言っていた」
「ええ、私も同じです。
そしてこの世界に送られてくるのは『意識』なだと女神様は申されてました」
女神? あのキャバクラっぽいおねーちゃんがねぇ……。
「意識とはその人の人生や性格、価値観などを明確に反映しております。
心の強さはこの世界では肉体の強さ、心の柔軟性は手先の器用さ、空想力は魔法という形で。
そして卑怯な心は弱い肉体となり人の姿をした化物になります。
性欲の抑えの利かない者もまた同様です。
私達は彼らを小悪魔、猪人と呼んで警戒対象としております」
「だけど見た目は普通の強盗だったぞ」
「ええ、見た目もこの世界に来た経緯も同じです。
ですか人の心が如実に顕在化したこの世界では、暴走する彼らを止める術は力による抵抗しかありません。
中には彼らの駆除を非人道的な野蛮な行為と言って反対される人がおりますが、その様な方には小悪魔の説得に行って頂きました。二度と帰りませんでしたが……」
節子の説明をチャーリーが引き継いで意見した。
「我々は彼らを小悪魔、猪人と呼ぶのは、同じ人として扱わないためでもあります。
現世での常識はここでは通じません。
若い肉体と制御できない物欲、性欲のままこの世界やと送られた者達は歯止めが掛かりません。
これまで多くの女性が被害を被りました。
連中も一対一では女性にすら叶わない事を知っているので、必ず徒党を組んでおります」
「中には強ぇのも居るんじゃねぇのか?」
「今までのところその様な事例はありません。
力ずくで女性を犯そうとする者に強い心が同居している例は滅多にありません。
現世では肉体の強さは筋肉の強さでしたが、この世界では精神の強さが左右するのです。
小悪魔の中には稀に強い個体がリーダーとなって徒党を率いた例がありますが、猪人は自身の性欲を抑えられない程度の弱い心しか持っておらず弱い者ばかりです」
うーむ、意識だけで造られた世界ってのもなかなか厄介みたいだな。
本作の世界観に『同業者組合』という単語はそぐわないため、あえて『互助会』という言葉を使いました。
この世界の成り立ちと成り立ち故の制約を、少しずつ明らかにしていきます。