始まりの街・・・(2)
『おしん』って知ってますか?
駅馬車強盗に襲われているところを助けた俺は、馬車に乗っていた外国人風の男と共に町へと行くことになった。
この男、色々と知っているっぽいから、まずは水と食いモンと情報を貰おうか。
あと、強盗の頭領はぐるぐる巻きのスマキにされて馬車の後ろでに引っ張られている。
正に西部劇だな。
ざまぁみそ漬けってヤツだ。
まずは食いモン、渡されたのはジャーキーみたいなモンだった。
滅茶苦茶塩っ辛ぇ!
こりゃあ、水が無きゃ食えねぇよ。
半日ぶりの水をごくごく飲みながらジャーキーを二本食ったところで腹いっぱいになった。
多分、水っパラになったんだろう。
「ありがとよ、人心地ついた」
「いえ、旅先なのでこのようなものしか無くて申し訳ない」
「で、ここがどんな所か教えてくれるって話だったが……」
「ええ、はい」
「ところでイサムさんはここに来る前、女神様に会いましたか?」
「ん~~、女神かどうかは分かんねぇが、女には会った。
勝手なことをぬかすから断ったんだが、どうやら強制的にここへ放り込まれたらしい」
「あぁ……」
男は胸に十字を切って、大袈裟に頭を抱えた。
やっぱ外人さんみてぇだ。
「なんでぇ、そんなに偉ぇのか? あの女は?」
「偉いに決まっているでしょ!? 女神様なんですから!
何でぇ、気の短けぇ奴だな。
あんなスケベな衣装着た女が女神なのかよ。
どうせ崇めるんだったら、もっと淑やかなのがいいぜ。
気が強い女も嫌いじゃねぇが、そんなのを崇めたくはねぇな。
「まあいい、で、ここは何処なんだ?」
「え、あ、はぁ。
私もよくは分かりませんが、東洋で言う現世と来世の中間みたいなところみたいです」
????
「つまり賽の河原みてぇなモンか?」
「スミマセン。賽の河原を私は知りません。
ここに居る者は皆、自分が現世で死んだ覚えのない者が殆どなんです」
何だ、そりゃあ? ……そーいやぁ、あの姉ーちゃんが言っていたな。
『貴方の身体は施設のベッドに居て、意識だけがここへとやってきた』って。
つまり本当の俺は施設で寝ているって事か?
「確かに俺も同じだ。
死んだ覚えはねぇ。だが生きている自信もねぇ。
何せずーっと介護の世話になっていたからな」
「ええ、私もです。私の場合は脳腫瘍でですけど」
「にしちゃあ、ここは変なことばっかだ。
さっき強盗共に石を投げたが、俺はあんな事出来なかったぞ。
プロ野球選手か、人間山脈になったような気分だぜ」
「この世界では現世で生きてきた影響を明瞭に受けます。
空想好きな人は空を飛んだり、姿を消したりできます。
卑怯だった者は、ここでは詐欺師になったり催眠術を使って人を陥れるのが得意になります。
そしてイサムさんは心の強い方だったのでしょう。
その意志の強さが、この世界では力の強さとなって現れるのです」
心の強さか?
そんなモン考えた事もなかったが……。
「そりゃあ大袈裟ってもんじゃねぇか?」
「いえ、この世界にやって来る日本人でイサムさんのような方を多く見かけます。
おそらく民族的なものではないでしょうか?」
確かに日本人は災害が多い国だから辛抱強い民族ではあるよな。
だからと言って……なぁ。
まあ、話半分で聞いておこう。
辛抱強い奴ならこっちの世界では怪力だってことだ。
だったら、おしんがやってきたら一番になれるんじゃねぇか?
「ところでアンタ外人さんだよな?
何でそんなに日本語が上手ぇんだ?」
「いえ、私は母国語を話しているつもりです。
ですが何故かこの世界では、出身が異なっていようとも会話が出来てしまうのです。
おそらくは声を聞いて、その内容を精神で読み取っているのかも知れません。
逆に全く会話が出来ない人も稀にいます。
精神が壊れているみたいな方で、歩く災厄のような存在です」
なるほどな。
確かにキ〇ガイは怖ぇよな。
出来るだけ近寄らねぇことにするか。
近寄らねぇ……といえば。
「チト聞きたいが、この世界に『魔王』っているのか?」
「『魔王』……ですか?
いえ、聞いたことがありません。
先程の強盗ような連中ならいますが、大体は強盗をするような弱い心の持ち主は身体も弱く、群れを成さないと戦う事も出来ません。
『小悪魔』という言い方がピッタリな連中で、事実そう呼んでおります」
「じゃあ、もしかして滅茶苦茶強ぇ悪党がいたら、そいつが『魔王』って事になるのか?」
「そうかも知れませんが、私はそんな者が居ると来たことはありません」
そうなのか……じゃあ、あの姉ーちゃんには悪いが、見つかられなかったって事にして俺は好きにさせて貰おうか。
あの女の言う事を聞く義理もねぇし。
『あっしには関りねぇことでござんす』ってやつだ。
「♪どぉ~こかでぇ~ だ~れかがぁ~」
「突然、どうしたのですか?」
「いや、何。そうゆう気分になっただけだ。
ところでお前さん、何て名だ?」
「あ、ああ。私はチャールズです。チャーリーと呼んでください」
チャールズか……何となくチャールズ・ブロンソンみてぇだな。
髭が生えていねぇけど。
「おう、よろしくなチャーリー」
こうして俺達は街へ向かう馬車の中で、色々な話をした。
◇◇◇◇◇
駅馬車は段々と賑やかな場所へと進んで、柵で囲まれた街へと入っていった。
「柵があるって事は、ここは結構物騒なのか?」
「ええ、ここはと言うよりも、この世界が物騒です。
人の心が反映された世界ですから、醜い心もそのまま反映されます。
先程の『小悪魔』共もそうです。
女性を犯す事しか頭にない者を『猪人』と呼び、この二つは徒党を組むので要注意です」
「要注意のわりに警戒感が無いような気がするが気のせいか?
そんなに危なきゃ、こんなすんなりとは入れねぇだろ?」
「大体の場合、『小悪魔』も『猪人』も心の弱い者の慣れの果てです。
棒で殴っただけでも死にます。
馬車に括りつけた『小悪魔』ももう消えているでしょう」
消える?
馬車の後ろの小窓から後ろを覗くと、ぐるぐる巻きにした紐がプラプラとしていて、中身が無くなっていた。
「ここでは死ぬと人は消えるのか?!」
「その様です。
女神様に聞いた者がいて、元の世界に肉体と魂を置いてきて、意識だけがこの世界にやって来るのだそうです。
ここで死ぬという事は意識が無になるという事だそうです。
元の世界にある肉体は死にませんが、長くはもたないという話です」
ここで死んでも肉体は死なない。
そう聞かされちゃあ、悪事に手を染める奴が出てきても不思議はないな。
元の世界では俺はもう死を待つばかりの人間だった。
多分いつ死んでも不思議じゃない。
それがこんな世界に連れられちゃあ、好き放題したくなるのも分かる気がする。
だけど俺はそうなりたくはない。
お天道様はキチンと見ている筈なんだよ。
あんなキャバクラの姉ーちゃんみたいな偽物じゃなくて立派な神様がな。