始まりの街・・・(1)
戦前、戦中生まれは逞しいのです。
……ん?
ここは何処だ?
施設のベッドか?
……にしちゃあ硬ぇな。
見上げるとそこに見慣れた天井はない。
つーか、天井がない。
(がばっ!)
一体、ここは?
キョロキョロと辺りを見渡すとここは外で、寝床だと思っていたのは地面で、風景に全く見覚えがなかった。
パッと見た感じ、生えている草すら見たことが無ぇ。
自慢じゃないが、生えている草のどれとどれとどれが食えるか知っている。
戦後のドサクサじゃあそれが分からねぇと、その日の晩飯は下手したら抜きになるからな。
どの草が食えるのかすら分からねぇなんて初めてだ。
……あ。
そーいやぁ、ここの来る直前、ホステスみてぇな格好の女に会ったな。
何処かへ行ってくれって。
現実の世界とちょっとだけ違うだけの別の世界だっけか?
それがここか?
なるほど確かに違うが外国だと思えば違和感はない。
つまり俺は外国に来ちまったのか?
参ったなぁ。
俺、英語が喋れねぇんだよなぁ。
ヘイユー! ワッチャーネームとか、
ズイスイズ ア ペェンくらいしか分からねぇ。
ま、どうにかなるか。
いつまでもこうしてはいられねぇ。
まずは人のいる場所を探すか。
目の前は舗装されていない砂利道があるから、道を伝って行けば何かあるだろう。
よっこら……せ?
何だ? 軽い。
身体が軽い。
よく見ると俺は昔着ていた作業服を身に付けてた。
懐かしいな。
あん頃は日銭を稼ぐため、工員やったり、セールスマンやったり、運ちゃんやったりで忙しかった。
だけど月4万円稼いでたから羽振りも良かったし、それなりに遊べたんだよな。
かーちゃんも若かったし。
よく見ると自分の手もシワシワの年寄りの手じゃなく、若い艶々の手をしている。
頬っぺたに手をやると、シワの引っ掛かりがない。
本当に若返ったみてぇだ。
あの姉ーちゃん、若返るのなら若返るって言ってくれりゃぁいいもんを。
とりあえず身体に乗っかかていた重石みたいなものが取れて、羽みてぇに軽い。
そーだよ。
このつなぎを着ている時ゃ、こんな感じだったんだよ。
それに夜の生活もな。
ああ、何だかかーちゃんに無性に会いたくなってきたぜ。
まあ、物思いにふけるのはこの辺にして、とっとと行っちまおうか。
気を取り直して、俺は人の居るであろう方角へ歩き始めた。
◇◇◇◇◇
……腹減った。
そりゃあ、子供の時ゃ一日二日食わないなんて昔は珍しくなかった。
だけど、またあん時の生活に戻れるかどうかは分からなんな。
俺もすっかり贅沢に慣れちまったもんだ。
にしても人っ子一人居ねぇ。
とんでもない田舎なのか?
こんな広々とした田舎なんて、ここは北海道じゃねぇか?
それとも西部劇か?
つーと、俺はジョンウェンか? それともゲイリー・クーパーか?
鏡見ていないけど、そうだったらイカすぜ!
明日に向かって幌馬車にぶっ放すぜ!
ダンダーン!
……なんて下らねぇ想像していたら、だいぶ歩いてきちまったが未だに人っ子一人見やしねぇ。
反対側へ行けば良かったか?
引き返すかどうか悩み始めたところで、前方から何か物音が聞こえてきた。
自然の音じゃねぇ。
何かが壊される音に聞こえた。
状況は分からねぇが、ここがどんな所か分からねぇんだ。
せっかくのチャンスを棒に振るわけにはいかねえ。
俺は音のした方向へと走って行った。
走るなんて何年ぶりだ?
◇◇◇◇◇
で、俺が聞こえたのは、馬車を取り囲んで人相の悪そうな連中が取り囲んで、チャンチャンバラバラとやっていた音だってことが分かった。
100メートルくらい先で人が争っている。
要は駅馬車を襲っている真っ最中だった。
するってぇと、俺はリンゴ・キッドの役回りか?
だけど銃がねえ。撃った事もねぇ。
じゃあ見過ごすことも出来ねぇ。
仕方がなく俺はその辺に転がっている野球のボールくらいの石ころを拾って、全力で投げてみた。
なに、こっちに向かってきたらそん時ゃ逃げればいいって事よ。
いっせいの……よっと。
神様、仏様、稲尾様ばりの剛速球のつもりで勢いよく投げた。
運よく駅馬車強盗に当たればラッキー。
外れても強盗を何人か引きつければ上出来だ。
そう思っていた。
(ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ)
次の瞬間、強盗の一人が真っ赤な血しぶきを上げて爆ぜた。
俺の投げた石が命中した……からだと思う。
見えなかった。
消える魔球なんてもんじゃねぇ。
速すぎて見えなかった。
一瞬、その場に居た連中の動きがピタッと止まった。
状況が飲み込めていねぇみたいだ。
俺もだ。
しかし、連中は辺りをきょろきょろとして俺を見つけると、一斉にこっちへ走り出した。
全員かよっ!
しかも馬に乗っている奴も来た。
これじゃあ逃げられねぇ。
慌てて俺は適当な石ころを拾って、先頭切って走って来る馬に乗ったやつ目掛けて石を投げた。
(ごぉぉぉぉぉ)
(ぱぁあん!)
次に爆ぜたのは馬だった。
馬に乗っている奴は勢いよく転げ落ちた。
何だか分らんが、俺はここではすげぇ力持ちらしい。
じゃあ、次はこれだ!
サッカーボール並の大きな石を持ち上げた。
普通だったらヒーヒー言いそうなくらい重いはずなのが、軽々と持てた。
10万持ってキャバレー行った時くらいにモテたぜ。
こんだけ軽く持てるんならと投げ難いのを承知で向かってくる連中目掛けて投げたら、運よく勢いよく連中に向かって飛んで行った。
連中は除ける暇もなく命中して、3人くらいを巻き込んで吹き飛んだ。
中山律子さんみたいストライクとはいかねぇか?
だけど、明らかに連中は怯んで足が止まった。
俺もドッチラケだ。
幾つか石を拾って、今度はこっちから歩いて近づいて行った。
すると残り4人になった強盗共は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
残ったのは死体4つと馬の死体1体、馬から落ちて動けなくなった強盗の頭領みたいな奴だった。
とりあえず、此奴をフン縛っておけばいいか?
そう思ってその男を担ぎ上げようとしたら、子供の様に軽かった。
いや違うか?
俺の力がとんでもねぇ事になっている。
まあ、楽でいいやと小さかった頃の息子を抱え上げるように、頭領(?)を担いだ。
襲われた歩いて行くと、馬車を護っていた連中が俺に向かって警戒してきた。
そりゃねーぜ、セニョリータ。
「何者だっ!?」
一番、身なりの整った男が俺に向かって声を上げた。
「俺は勇ってもんだ。
たまたまここを通りがかったが、とりあえず人相の悪い方をやっつけた。
だが、おめぇらが悪者って言うんなら、相手するぜ」
そう言いながら頭領らしい男を人形みたいに目の前に投げてやった。
向こうも俺の扱いに困っているみたいだ。
すると馬車の中から身なりの良い男が出てきた。
「待ってくれ。
我々は人と荷を運ぶ業者だ。
襲ってきた連中はこの辺を荒らしまわる強盗だ。
貴方が追い返してくれたのは見ていた。
感謝する。
勿論、貴方と戦うつもりは無い!」
男は一気に捲し立てた。
どうやらこっちの味方をして正解だったみたいだ。
「それなら良かった。
で、こいつは任せていいか?
俺はここが何処かすら分からねぇ」
「分からないとは……ここに来たばかりなのですか?」
「ああ、半日くらい前に日本からここに来て、アンタらが初めて会った人間だ」
そういえば、目の前の男は少し外国人っぽい顔をしているけど、普通に日本語でしゃべれているな。
やっぱここは外国じゃないのか?
「それならば、このまま我々と共に次の街へ行きませんか?
ここがどんな所かお教えします」
「そいつぁ助かる。
ついでに水か何かくれねぇか?
こっちに来て何も食ってなくて、腹ペコなんだよ」
「それはお困りでしょう。
日本の方の口に合うか分かりませんが、用意します」
……ん? 日本の方?
やっぱここは日本じゃないのか?
昨日、連載を終えました『悪役令姫・かぐや姫』(ローファンタジー)共々、宜しくお願いします。
『悪役令姫~』も昭和ネタ満載ですが、こちらは骨董レベルの昭和ネタを盛り込んでみたいと思っております。
ド根性ガエルとかの古い漫画を読んでみますと、けっこう元ネタが転がっています。