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女神再び

 互助会の横にあるドアを抜けると、小さな礼拝堂みたいな空間があった。

 その真正面にあるのが姉ーちゃん……じゃなくて女神の像だった。

 よく出来ているけど、強いて言えば少し淑やかにみえるのが本物と違うみたいだ。

 実物は怒ってばっかだったからな。


 でもまー、あん時は俺にも原因あったみたいだし。

 しかしまさか拒否権なしにこの世界に落とされるなんて、まるで閻魔大王様みたいなことをするたぁ思わなかったな。

 ひょっとしてあの姉ーちゃんは閻魔大王様の娘か何かじゃねぇのか?

 俺のことを知っていたし、行きつけ(ワールドパラダイス)も知っていたもんな。

 もしかしたら浄玻璃鏡じょうはりのかがみを持っているのかも知れねぇ。

 くわばらくわばら。


 洋式な礼拝堂の作法が分からねぇから、とりあえず像の真ん前に立って、お賽銭はねぇが二例二拍手一礼の仕来りで拝む事にした。

 そして手を合わせていると、ふっと体が軽くなるのを感じた。


 次の瞬間、俺は例の真っ白な場所にいた。


 ◇◇◇◇◇


「ようこそ、勇さん。

 ようやく私のお願いを聞いてくれる気になったみたいで喜ばしい限りです」


「アンタのお願いっていうよかは、俺は人の役に立ちてぇんだ。

 人生最後のご奉公ってやつをしてぇ」


「良い心がけです。

 ですが、小悪魔ゴブリンの退治も他人ひとの役に立つお仕事です。

 それでも魔王と戦う道を選びますか?」


「正直、小悪魔ゴブリンの相手ばかりをして過ごすのが嫌になってきている。

 元を糺せば連中も人間だ。

 現実の世界では死なねぇって頭で分かっていても、心はそうはいかねぇ。

 だが魔王って奴は鬼みてぇな奴だろ?

 鬼を退治するなんて、まるで桃太郎侍にでもなった気分だ。

 チャンバラごっこが大好きだった子供の時の夢が叶うのも悪くねぇ。

 現世の俺の寿命がいつ果てたらここにいる俺も消えちまうんだろ?

 いつ消えるのか分からねぇ毎日を送るよか、何か生き甲斐ってやつがあった方が張り合いが出るからな」


「誤解させて申し訳ないけど、魔王も元を糺せば人間よ。

 ただ、この世界にいる期間が異様に長いの」


「この世界の長い人間?

 十年以上ここにいるって言うのか?」


「いえ、ゆうに千年を超えています」


「千年? そんな事が可能か?」


「現世で言う『即身仏』みたいな方で、肉体の死を超越しているのです」


「『即身仏』って生きたままミイラみてぇになった仏さんだろ?

 何で千年もこの世界に居られるんだ?」


「『即身仏』になるためには途方もない精神力が必要です。

 民衆の救済を強く望み、1000日を超える修行の末、腐敗の原因となる体脂肪分を削ぎ落し、生きながら自らを仏とするという究極の修行の末に即身仏となられた方です。

 その結果、意志の力が肉体の死を超えて、この世界に留まり続けているのです」


「そんな徳の高いお坊さんがどうして魔王なんかになっちまったんだ?」


「如何せんその方が生きた時代が古すぎます。

 ご自身は正しいと思っていても、現代人とは価値観が違い過ぎて誰もついて行けないのです。

 それに1000年を超える生は、精神こころに歪みを生じます。

 しかし並外れた意志の力はこの世界では無敵を誇り、誰も逆らえません。

 いわば『究極の老害』みたいなものです」


「老害って言われると俺も心が痛いぜ。

 心当たりが無い事は無いからよ。

 だがよ、その爺さんにこれまで誰も勝てなかったって事は、言ってみりゃああの白井義男のような世界チャンピオンみたいなもんだろ?

 俺みたいな凡人に勝ち目があるのか?」


「勇さん一人では勝ち目はないと思います。

 なので仲間を募って下さい。

 御自覚はないでしょうけど、勇さんは心の強さが並外れてお強い方です。

 この世界では如何なる攻撃をも跳ね返す剛力の持ち主です」


「だったら軍隊でも募って総攻撃したらどうなる?」


「勇さんを相手に、小悪魔ゴブリンが1000人立ち向かうようなものです。

 苦戦はするかも知れませんが、歯が立たないでしょう」


「俺なら歯が立つのか?」


「勇さんなら……いえ、勇さんの世代は黄金世代ゴールデンエイジなのです。

 戦後の混乱期を、他の国では内戦でボロボロになる中、あそこまで復興させたのは日本をおいて他にありません。

 それくらいに規律と強い精神を持った民族なのです。

 複数の日本人が団結する時、不可能は可能となるでしょう。

 なので勇さんの他に剣の達人、魔法に優れた者、癒しの力を持つ者、少なくとも4人をもを集め、魔王と相対するのです」


「そこまで持ち上げられるとこそばゆいが、それなら四人とは言わずもう少し待って日本人で数を揃えて攻撃すればいいじゃねぇか?」


「実は私がお願いするのはこれが最初ではありません。

 しかしいずれも失敗に終わっています。

 もしこのまま失敗が続く様であれば、彼による支配は永遠のものになるでしょう。

 今しかないのです」


「悪党は必ず滅びるもんだろ?

 今しかって、何かあるのか?」


「この世界についてはこれまで勇さんも学んできた通りです。

 勇さんのように認知症の進んだ方は、ある時を過ぎるとこの世界へとやって参ります。

 おそらくは向こう10年は日本人が大量にやって来るでしょう。

 しかし、医学が進み認知症を克服できれば、その数は激減すると予想されます。

 それはそう遠くはありません。

 遅れて超高齢社会へと突入する諸外国も同様ですが、心の強さは貴方方を凌駕できるとは思えません。

 同じ日本人ですら、戦前生まれの貴方方は特殊な世代なのです」


「褒められて嫌な気分はしねぇが、今の若いモンも捨てたもんじゃねぇぜ」


「そうかも知れません。しかしたったひと世代で焼け野原の様になった戦後の混乱期から世界屈指の工業国へ育て上げた世代は、有史以来貴方方をおいて他には居ません。

 真空管ラジオからパソコン、スマホまでこれら全てをリアルタイムで経験した世代も皆無です。

 経験値が桁違いなのです」


「たしかにそうかもしれねぇが、俺達はただ単にその日その日を一生懸命生きるのの必死だっただけだ。その積み重ねが後になって高度経済成長期って言われただけにすぎねぇ」


「ええ、ですがその”一生懸命”というのが他の世代とは段違いなのです。

 倫理観の欠如や人権を無視した強権の横行など、現代の価値観で言えば完全にアウトな部分もあります。

 多くの犠牲者も生み出しましたし、後の世代では賛否両論あるでしょう。

 それでも萎れなかった勇さんの雑草の如き心の強さが必要なのです」


「雑草とは言い得て妙だが、俺の若ぇ時は大らかだっただけだ。

 最近は窮屈でならねぇ。

 むしろ俺は今どきの若ぇモンが不憫に思えるがな」


「その辺りは世代間ジェネレーションギャップというものがあるのでしょう。

 私も勇さんのノリには時々ついていけませんもの」


「わりぃな。これが俺の地なんだ。

 か―ちゃんには怒られてばっかだった」


「話を元に戻しますが、勇さんが今から旅立ったとしてこの広い世界で真の仲間(ライトスタッフ)を募るのに数年は掛かるでしょう。

 私も勇さんの寿命がどれだけなのは分かりません。

 しかしその仲間が揃った時、魔王の居場所は自ずと分かるでしょう。

 一刻も早く見つけ出して下さい」


「おうよ、任せとけ」


「そして最後に……。

 その仲間の一人は、勇さんの奥様です」


「!!! なんだって?!

 か―ちゃんもこの世界に居るのか?!」


「それでは良き旅立ちを」


 姉ーちゃんは俺の言葉を無視して白い空間から強制的に追い出し、次の瞬間俺は礼拝堂に居た。

 あの姉ーちゃん、いまだに根に持っているな。

桃太郎侍といえば高橋英樹主演のテレビ番組ですが、実はその歴史は古く戦前の新聞に掲載された時代劇小説が大本です。1950~60年代に映画となり、尾上菊之助(現・7代目尾上菊五郎)主演のテレビ番組にもなりました。


白井義男は日本初のボクシング世界チャンピオンです。5度目の防衛戦失敗の後、パスカル・ペレスとのリターンマッチ(1954年)でもKOで敗れ現役引退しましたが、最後の試合となった対ペレス戦のTV中継は最高視聴率96.1%を記録しました。ただしキー局の数が少ない上に、機械式による調査以前の視聴率であるため幻の最高視聴率となっております。

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