異変
なんだかのんびりした旅になりそうだったけど、翌朝、事態が変わる。
あのイタズラ好きの人が食堂で声を上げてたのだ。
「ホントだよお! オオカミが居たんだ!」
女将さんは当然怒る。
「朝からいいかげんにしないか! まったくアンタって奴は」
「嘘じゃないよお! オオカミが出たんだ」
「顔でも洗ってきな! お客さんの朝ごはん出すんだ。邪魔だよ」
「ホントに見たんだ!」
「仕事でもしてきな! 迷惑だよ!」
女将さんに怒られて食堂を出ようとするイタズラ好きの男の人。
でもなんだか、昨日とは様子が違ってた。
そして僕らに言う。
「なあ、アンタらは見たか? 泊まってたんだろ?」
ケインが応対する。
「何も見てない。あのな、お前評判悪いみたいだぞ。反省しないと今にひどい目に合うぞ」
「昨日はホントなんだ!」
なんだかホントに様子がおかしい。
イタズラの筈なのに、血相を変えて訴える男の人。
「俺は見たんだ! 今度は嘘じゃない! しかもあんなにデカいオオカミ見た事ない!」
「分かった分かった。大きなオオカミを見た事にして騒いだんだよな? みんな信じてくれないからどんどん嘘が大きくなる」
「そうじゃない! ホントに見たんだ!」
「もうやめた方がいいぞ。そのうち月ぐらいあるオオカミが出たとか言い出しそうだな。そう言えば昨日は満月だったな。満月の夜にオオカミが出た、とか中々凝った怪談話だけどな、いいかよく聞けよ? 法螺話もみんなが楽しんでるうちが華だ。お前のはもうみんな飽きてる。見切りつけられてるしお前自身もおかしくなるぞ。そろそろ妄想と現実の区別が出来なくなる。今度は嘘ではなくて、みんなを楽しませる話でも出来るようになれよ」
女将さんも言う。
「そうだよ。こんなに言ってくれる人居ないよ? まじめに聞くんだ」
「今までは悪かったよ! でも今度のはホントなんだ」
「まだ言うのかよ…大体な、そんなヤバイのを見たんだったらなんで黙ってたんだ? その場でみんなにすぐ言うべきだろ」
「怖かったんだ、襲われると思って家で隠れてたんだ」
「ビビりすぎだろ? オオカミは群れだったのか?」
「いや」
「じゃあ言うべきだろ」
「あんな嘘を吐いた後だったから信じてもらえないと思ったんだ!」
「そりゃそうだ。身から出た錆だ」
「ちくしょう!」
地団太を踏む男の人を女将さんがなだめる。
「落ち着きな。スープでも出してあげるから飲んで少し頭を冷やすんだよ」
「分かった、分かったよ」
男の人は捲くし立てるのをやめる。
女将さんはやれやれといった表情になるも、男の人の為に厨房へ消えていった。
僕は眺める。
男の人は小刻みに震えていた。
たしかにイタズラも過ぎたと思う。
でも今の姿を見ると、なんだか嘘を吐いてるようには見えなくなってきた。
ケインに相談してみようか、そんな風に思うも、女将さんがご飯を持ってきたので僕らも朝食に入る。
ひとしきり食事を楽しみ、今日の予定などを話す。
サン・テーレ王国の事。
勇者の事。
旅の続きに想いを馳せて、まではいかないけど
明るい話題の朝食になった。
順調に行けば今日の昼過ぎにはサン・テーレに着くはずだ。
そんな風にしていると、食堂の扉がやおら開いた。
何事かな? そういえば昨日の男の人が見当たらないけど、少し遅めに朝食を摂りに来たのかな、そんな風に思うも、入ってきたのはこの村の男性と思わしき人。
「おい、女将、居るか? 大変だぞ!」
なんだか穏やかでない雰囲気の村人に女将さんは厨房から出てきて聞く。
「どうしたんだい!?」
「怪我人だ、人が倒れてる!」
僕らは食事の手を止め、その人の方へ注目する事になった。
事情を聞いた僕たちは外へ出て現場へ向かう。
すると、僕らが泊まった宿泊棟から少しだけ離れた場所。
街道を少しだけ歩いた道のそば、そこに生えている木の根元。
そこに男の人が倒れていた。
その人は、昨日僕らと宿泊していた客の男の人だった。
血が流れている。
木にもたれ掛かるように、半分座り込んだような姿勢の男の人の腹部には傷が。
駆け寄る僕らに隊長が叫ぶ。
「動かすな!」
セリアはすでに魔力を高めている。
隊長は脈を取る。そして言う。
「息はある」
セリアは手をかざし、回復魔法を使った。
明るい、優しい光が男の人の怪我を癒す。
ケインは僕らと共に駆け付けた女将さんや村人に指示を出す。
「協力してもらっていいか? タンカとかあるか? 運ぶ準備を頼む」
セリアは女将さんに聞きながらやりとりする。
「診療所みたいな所はありますか?」
「あいにく医者らしい医者は居ないけどウチの爺さんが引退した医者だよ、診察室や病室は取り壊しちまったけど薬ぐらいならあるよ」
「じゃあこの人が泊まってた部屋に運びましょう、薬はそこに持ってきてください」
こうして慌ただしく男の人を運ぶ事になったのだった。




