嘘吐き少年
小さい村はいくつかの家が集まる区画があり、そこの家は普通の大きさだった。
その中の一軒の食堂に入る。
席に着くと女将さんらしき人が注文を取りに来る。
「何にするかい?」
僕らはメニューを見る。
「ケイン、何が良いかな?」
「酒、と行きたいところだがまだ昼だからな」
「とりあえず飲み物だよね」
そう言うと女将さんが言ってくる。
「それならミルクだね」
ケインは頭を掻きながら「牛乳かあ」と零すも女将さんは笑顔だ。
「平凡さに落胆してそうだけどお勧めだよ。ここのミルクはね」
ローナは聞く。
「何か特別なのかしら」
「そりゃもう。牧場で搾りたての極上のミルクさ。飲まなきゃ損だよ」
セリアは言う。
「牛乳は栄養価も高くて骨も丈夫になるわね」
「お、そっちのお姉さんは分かってるね。ささ、決めちまいな。特産ミルク、ご賞味あれ」
「そこまで言うなら」とケイン。
こうして僕らは注文を決める。
しばらくすると女将さんは牛乳の注がれたコップを五個と、もう一つ、コップより大きい入れ物を二つ持ってくる。
「さあ、飲んどくれ」
言われて僕らは「いただきます」と返事し、いざ、牛乳へ。
…
僕は感想を言う前に感嘆の声を漏らす。
「あ、」
ローナも「これは」と。
「どうだい?」
「美味しい!」
ケインも満足げに言う。
「口当たりが柔らかいな」
女将さんも「搾りたてだからね。こういう所でしか味わえないよ」と自慢げだ。
ローナも「こういうのが飲めるのは牧場の人が羨ましいわ」と笑顔だ。
「朝に絞ったのだからね。ミルクの風味がたくさんだ」
「美味しいね」
「お褒めに預かり光栄だよ、それと、お客さんにサービスだ」
そう言ってもう二つの大きな入れ物を置く。
その中には、やはりミルクが。
僕は聞く。
「えっと、これは」
「一つは同じ牛乳だよ。おかわりをサービスだ。そしてもう一つのこれもサービス、牛乳だけど、ちょっと違うものだよ。クセが強いけどね。普通の方を飲み終えたら少しづつ試してみな」
僕はさっそく、コップを飲み干して違う物、という方を試してみる。
「…」
ローナも「私も!」とコップに少量注ぐけど、やや顔が渋い。
「これは、独特ね…」
ケインも「子供には早そうだな」と言うのでセリアが笑顔で感想を述べる。
「濃厚ね、ミルクの香りが広がるわ」
隊長が答えを推察して言う。
「ヒツジか」
「ご名答。ヒツジから採れたものだよ」
ローナは言う。
「ヒツジの牛乳?」
ケインは呆れる。
「牛乳じゃない」
「あ、そうよね、なんて言えばいいのかしら」
女将さんは答える。
「羊乳だよ」
セリアは「味の濃さが特徴よね」と感想を言うと女将さんは説明してくれる。
「成分って言うか栄養が牛のより濃いのさ。その分体にもいいけど、少しアトを引くというかね」
セリアは笑顔で返す。
「でも美味しいわ」
ケインも「料理に使うとマイルドな味になりそうだな」と意見を言う。
女将さんも嬉しそうに返す。
「ここら辺ではヒツジも育ててるしヒツジ飼いも居る。色々な動物を育ててるのさ。そしてその動物から作られる品物を目玉商品にしてるんさね。気に入ってくれると嬉しいよ。羊乳はチーズにしたりもするんだけどかなり独特だよ」
僕は言う。
「お土産品に良さそうだね」
ローナも言う。「普通のチーズとの食べ比べもいいわね」
女将さんも「気が向いたら買っておくれよ」と満足げだ。
このあと、軽食もお願いして僕らのお腹は満たされたのだった。
「ごちそうさまでした」
挨拶をして店を出ようとする。
女将さんは笑顔で手を振る。
すると、やおら店の扉が開き、少し焦った風な男性が入ってきた。
「女将さん!」
僕らは足を止める。
女将さんの「どうしたんだい?」という問いかけに男性は答える。
「まただ、出たらしい」
出た? なんだろう?
僕はそう思うも、女将さんはため息をついた。そして言う。
「やれやれ」
男性は「みんなに知らせるか?」と言うけど、女将さんは首を振った。
「いいよ、何もしなくて」
「でも…」
「何もありゃしないよ」
「…」
「さ、行った行った」
「分かったよ、でも念のため見回りはしとくよ」
そう言いながら男性は出ていこうとする。
すると、ちょうど開けた扉から外が見えて声がする。
「オオカミ、オオカミが出たぞ~」
僕らは身構える。
僕は女将さんに聞く。
「あの、オオカミが出たって」
「いいんだよ」
女将さんは態度を変えない。
ケインが聞く。
「自警団でも居るのか?」
「そうじゃないんだよ、あれはね、イタズラなんだ」
ケインの「イタズラ?」という質問に女将さんは答える。
「そうさ、外で言いふらす奴が居るんだよ」
しかし僕は言う。
「でも、念のため外を見てみます」
僕がそう言うと、みんな付いてくる。
扉の外へ出ると、街道の向かうから声がする。
「オオカミが、オオカミが出たぞ~」
大きな声が聞こえるも、声の主はなんだか、様子が妙だ。
大変な事態なのに、全力疾走ではない。
そして、周囲の反応を確認するような素振り。
僕らの方へ近づき、また叫ぶ。
「大変だぞ。オオカミが出たぞ~」
…
様子を見る僕らを確認すると、何も言わず通りすぎる。
そしてまた叫ぶ。
「オオカミ、オオカミが出たぞ~」
彼が遠ざかってから僕は言う。
「なんだか、ちょっと変だね」
ローナも「なにあれ…」と呟く。
ケインが言う。
「愉快犯って奴か」
女将さんも食堂から出てきて情けなさそうに言う。
「冗談のつもりで始めた一回目でみんながあたふたしてね。それに味を占めたのさ」
ケインは「いいのか?」と問うけど残念そうに答える。
「もちろん怒ったさ。でも聞かないんだよ」
ローナは「しょうがない奴ね」と憤慨するけど女将さんは諦め顔だ。
「昔から困った奴でね。でもまあそういう訳だから、何も起こってないよ。騒がせて悪いね」
僕も言う。
「まあ、何事も無いなら、それでいいよね」
扉から中へ戻る。
席に戻りつつケインは「単なるホラ吹きなら心配無用だな」と言うけど隊長が口を開く。
「ひとつ質問だが、この辺りに狼は実際に居るのか?」
女将さんは隊長とやりとりする。
「昔は見かけたみたいだけど、最近はとんとね」
「人里には降りて来なくなったのか」
「森へ入ればあるいは居るかもしれないけどね。村の北の森には狼の伝説なんかもあったみたいだけど」
「伝説?」
「古くからの狼の村があるとかいうね。まあ言い伝えの類さ。実際に確認したわけでもないよ」
ケインは言う。
「羊が居るから、戒めで伝えられたんじゃないか」
「ははは、そうかもしれないね」
「…」
隊長は無言だ。
いつも通り、何か考えてるのかな。
セリアは笑顔になる。
「羊が居るんじゃ狼が近くに居たら気が気じゃないけど、遠くで生息してるならとりあえずは安心よね」
女将さんは答える。
「そうだね、いい所だよ。だからどうだい? ここで一泊してくのは」
意外な提案に僕らは少し驚く。
ケインが聞いてやりとりする。
「宿泊もやってるのか? 俺たちはサン・テーレを目指してるんだが」
「ここからだと急げば今日中に着けなくはないけど、かなり早足で行かないとね。しかも着くのは夜遅くだ。そこから向こうで宿探しだろ?」
「行程的にキツイな」
「夜の行軍だと野盗とかも怖いしね」
「ここらで出るのか?」
「最近は大人しいみたいだけどね。なんだか商売を替えたような話は聞くけど、少し前は夜の旅はしないに越した事はないよ」
「そうなのか。んで、部屋はこの建物の二階か?」
「隣に建物があるんだけど貸したりしてるんだ。牧場の住み込みの手伝いとか流しの羊飼いとかにね。今は誰も居ないから旅人に泊まってもらったりしてるのさ」
「流しの羊飼い、そんなのも居るのか」
「牛や豚は定住するし、羊も飼ってるけど、遊牧の羊飼いが立ち寄ったりもするんだ」
「情報も得られるって訳か」
「そう。付近の魔物の情報も聞ける」
セリアも発言する。
「地域の情報網って訳ね」
「これもこの辺りの地域の知恵さね。だから、狼がホントに出たかどうかもすぐ分かるのさ」
僕は言う。
「悪い噂も流せないね」
「良い事だろ?」
ローナは面白そうに言う。
「イタズラも出来ないわね」
「だからみんな良い子に育つんだよ、と言いたいところだけど、騒ぎのあとじゃね」
ケインは女将さんのセリフに答える。
「ははは、平和なトコでも悪ガキは育つさ。俺も昔はやんちゃだった」
するとローナは相槌を打つ。
「ケインが言うと説得力あるわよね」
「んだとおてんばお姫様め。フォローする所だぞ」
「はいはい、ケインも尊敬してるわよ」
ははは…
みんなで笑った。
僕らは女将さんのお勧め通り、一泊を申し出る。
「そうかい、ありがとね。ゆっくりしていきな。部屋を案内するから付いてきとくれ」
食堂を出て隣の建物へ。
木造の建物は中にいくつもドアがあり、住み込みの人が借りるのもあってか、二人部屋がいくつか並ぶ。
女将さんは言う。
「五人だから三部屋使いな。奥の方が静かだよ」
ケインは言う。
「助かるよ」
「お手洗いとシャワーは突き当りを右だ」
「そんじゃ荷物を置くか」
「晩ご飯はまた呼びに来るよ。それまで牧場の見学でもして行きな」
ローナは喜ぶ。
「ありがとう、おばさん!」
「牧場はウチの人がやってるから言っとくよ」
こうして僕らは一晩の宿を確保したのだった。




