想い届かぬとも、この剣は貴女の為に
憂鬱な気分の思いつきで……。
純粋というよりは少し闇です。
それでも良い方、どうぞ↓
悲愛★★★★☆
この手を血で染めた時、誓った。
「お怪我はありませか、妃殿下。」
この方だけは、何が何でも守ろうと。
あの日からこの剣は妃殿下のために。
平民街の中でも寂れた場所。
貧困街と言われるような場所で、俺は生まれて育った。
荒くれ者も居れば嘘つきもいる。
その日をなんとか生きているヤツばかりだ。
俺もその中の一人で。
ガキどもを束ねているガキ大将だった。
ただ単に、俺が最年長だったっていうだけの話だ。
「聞いたか、ノルン。」
「何を?」
「今、貴族がこの下町に来てるらしいぜ。」
「へぇ、貴族が?」
「視察とか言ってたな。ついにココも取り壊しか。」
「バカ言うな。この空き家を壊されたら俺たち住む場所困るだろーが。」
「貴族は平民の話なんか聞いてはくれねぇさ。」
貴族に良い印象はない。
多分それは、俺たち全員の共通事項で。
そして貴族も俺たちみたいなヤツの話は聞く耳もたねぇ。
いつだって、身なりのキレイなヤツらの話ばかりを聞く。
「追い返そうぜ、ノルン。」
「見に来ただけで何もしてないなら、追い返す必要もねーだろ。貴族様の怒りを買えば、それこそ死ぬぞ。」
「だけどよ……。」
「とにかく、ダメだ。何もされてねぇのに、追い返すことは許可できない。」
「チェッ。」
拗ねたようにゴロンと転がり、背を向ける。
そんなのも、ココでは見慣れた光景。
よくある光景だ。
それにため息をついていると、トントンとノック音が聞こえて。
「誰だ?」
今日は誰とも約束してない。
何より、この家に住んでるヤツらは扉を叩くことはない。
警戒しつつ、扉に近づく。
傍に立てかけていたパイプを手に、ドアノブに手をかける。
「誰だっ?」
「私は、アネッサ・クローザ。貴方たちにお話があって来ました。」
「アネッサ・クローザ……?」
どっかで聞いたことのある名前だなと考える。
そして、その若い女の声に手にしていたパイプを壁にかけ直し、扉を開く。
「…………は。」
「こんにちは。」
太陽の光が銀糸の髪を照らす。
キラキラと反射する髪が太陽の光に照らされ、まるで夜空に浮かぶ星のようで。
「ココに食に困っている子どもたちが居ると聞きました。少し、お話をしませんか?」
穏やかにニコリと微笑む姿は、いつかの絵本で見た女神様のようで。
どうやら彼女は俺たちを国のために働く傭兵にしたいらしかった。
俺たちは衣食住の保証をつけると言われ、悩むことなくその提案を受け入れた。
それからだ、俺たちの人生が少しずつ変わったのは。
「……はぁっ!!」
「まだまだ!!腰をもっと入れろ!!」
「……このっ!!」
「そうだ!その調子だ!!」
バキッ、ガキッ
木刀が音をたててぶつかる。
「ふふふ、精が出ますね。」
「あ、お嬢様!」
「そいやぁ!!」
「イテェ!?イテェぞ、クソジジイ!!」
「誰がクソジジイだ、師匠と呼べ、師匠と!!」
「クソジジイ。」
「ハァン!?貴様、アネッサの大切な友人などと言われてなければ、斬って捨ててるぞ!?」
「俺が先に斬り捨てる!」
「ほぉん?やるのか、クソガキ。」
「やらいでか、クソジジイ。」
木刀を構え直せば、パコンッと頭を叩かれて。
「やめなさい、二人共。」
「はい、お嬢様。」
「良い子ね、ノルン。全く、子供相手に大人気ないだから、お父様は。」
「大人気ないよなぁ、ホント。」
「くぬぬぬぬ…!!アネッサを味方につける小賢しい小僧め……!!」
お嬢様の半歩後ろで、あっかんべーとすればぷるぷると震えていて。
それにケラケラ笑いながら空を見上げる。
少し前までは考えられなかった日常。
「おぉ、そういえばアネッサ。今日は殿下とお茶の予定ではなかったか?」
「えぇ。ノルンを連れて行こうかと思って。」
「え、俺を?」
「そうよ。殿下や貴方のお友達が会いたいって言われてるの。一緒に行きましょ?」
「行く。城の料理はうまいって聞いた、興味ある。」
そして俺は初めて城へと足を運んだ。
お嬢様と殿下が婚約者ってヤツで、将来夫婦になるらしい。
そんな二人が優雅に菓子をつまみながらお茶してる傍らで菓子を咥えながら木刀を振る俺たちは、衛兵にはよく思われてないらしいってのは嫌でもわかる。
ただでさえ俺たちは捨てられた平民のガキだから。
「ノルン、ノルン!お嬢様のところも美味しい飯食えるんだろ?ココより美味しい?」
「知らねー、城の飯食ったことねぇし。でも、菓子は美味しい。」
「ココよりもか!?」
「んー、お嬢様の手作りが一番美味しい。」
三度の飯よりも、定期的に出される菓子よりも。
殿下の為にとお嬢様が作った菓子の失敗作のほうが何倍も美味しい。
「抜け駆けか!?隙あり!!」
「甘い!」
「ギャッ!」
「大ぶりすぎんだよ、攻撃が。前から言ってんだろ?」
「イテテ……ノルン、お前また強くなった?」
「鍛えられてっからな。」
戦利品の菓子を一つパクリと頬張る。
「よし、もっかい勝負だ!!」
「よっしゃ来い!」
こうして木刀振り回す日常なんて想像もしなかった。
俺たちが王族を守る騎士団に配属されることも。
お嬢様が殿下と結婚して夫婦になることでさえも。
決まっていたその未来でさえ。
「俺たちの剣。しっかり守ってくれよ?お前たち。特にアネッサを。」
「まぁ、殿下。ご自分の身を優先してくださいな。ねぇ?」
「俺はお嬢様優先です。」
「ノルン!」
「アハハ!面白いヤツだな、お前は。」
俺には、受け入れがたい現実だ。
大切なお嬢様が妃殿下と呼ばれ、
お嬢様の大切な人が、第二王子から王太子になった時も。
「良いか、ノルン。兄上を確実に仕留めろ。」
「兄殿下を?なんでまた。」
「良いな、ノルン。これは、アネッサのためだ。」
「お嬢様の…………。」
「あぁ。」
あんな甘言に乗らなければ、
あんな誘いに乗らなければ、
俺は大切なお嬢様を泣かせることも、
大切なアイツらを失うこともせずに済んだのに。
命の恩人であるお嬢様の為に手に入れた騎士の地位すら、
もう、
この手には残っていない。
所詮俺は、卑しい平民生まれの使い捨てのコマに過ぎないんだってことを嫌でも知らされた。
全てを失った俺は、かつて住んでいた空き家とは別の家に身を潜めた。
懐かしいあの場所にはもう、別の人間が住んでいる。
それで良かったと思う。
俺は何一つ、
守れなかったんだから。
「火事だ〜!!」
「皆逃げろ〜っ!!」
聞こえて来た声に身体を起こす。
外へと出れば、あたり一面に火の手が上がり、黒煙が視界を覆う。
「何があった!?」
「わかんねぇ!!」
「貴族のお嬢様が逃げてノルンって伝えに来た途端、これだ!!くそっ!!アイツら貴族は平民の命なんて、ゴミ同然だと思ってやがんだ!!」
俺に、逃げろと伝えに来た、貴族のお嬢様。
「おい!その貴族のお嬢様はどこだ!!」
「あっちの倒壊した建物の中だよ!!もう生きてねぇよ、火の海だ……て、おい!?」
呼び止める声も聞かずに、倒壊した建物へと近づく。
そして、近くにあったバケツ一杯の水を被り、飛び入る。
「お嬢様!!お嬢様!?聞こえますか!?」
火の粉が舞い踊り、黒煙が周囲を覆い隠す。
「……アネッサ!!どこだ、アネッサ!!」
屋根が落ちる。
「アネッサお嬢様!!」
もう一度、その名前を叫ぶ。
「……ッノルン!!」
「!」
声の聞こえた方へと走り寄れば、煤だらけで座り込む人影。
それにホッとしたのが、自分でもわかった。
おかしな話だ。
まだ命の危機にあると言うのに。
良かったと、
思うなんて。
「大きな怪我はしてないようですね、お嬢様。ご無事で何よりです。」
「どうしてココに……。」
「それはこっちのセリフです。殿下と一緒じゃないんですか?」
「殿下は今、貴方の仲間が守ってくれてるわ。私は貴方を呼びに来たの。」
「なぜ。」
「貴方が私たちには必要だから。」
その真っ直ぐな目が、昔から────。
「俺はもう、クビになったんですけどねぇ。」
いろんなものを飲み込んで、彼女を抱き上げ、屋外へと出る。
見渡す限り火の海だ。
「誰がこんなことを……。」
「……今はそんなこと、どうでも良いでしょ?」
そういう彼女は、いつもと変わらない穏やかな口調で。
「殿下のところまで運んでくださる?」
そう、お願いしてきた。
「俺、殿下のせいでクビになったんですけど。」
「そうね。」
「殿下の前に行けば、俺斬られるかもなんですけど。」
「そうね。」
そのいつも通りの穏やかな微笑みに泣きたくなったのは、
どうしてだろう?
いや、わかってたはずだ。
ただ、気づかないフリをしてただけ。
「俺、行かなきゃダメですか?」
この、違和感に。
「私達を守る剣でしょ、ノルン。」
だから、泣きたくなったのは
「貴方が恩義を感じ惚れた私を守るのは、当然でしょ?」
俺の頬に触れる手が、優しかったからで。
「ふふ、愛してるわ。ノルン。」
ずっと傍に居てね?
あぁ、俺は。
「…………妃殿下。」
惚れた相手が悪かったらしい。
「ふふ、お嬢様で良いのに。真面目ね、本当。」
記憶の中で、お嬢様がニコリと微笑む。
──…あら、少し焦げちゃったわ。
──…大丈夫でしょ、殿下はお嬢様のこと大好きだし。出されたら炭でも食べそうだ。
──…そうかしら。
──…そうでしょ。にしたも、毎回毎回……ほんと、殿下のことが好きですよね、お嬢様って。
──…私の初恋なの。きっと、嫌いになることなんかないわ。
殿下が大好きなお嬢様。
殿下に恋したお嬢様。
そんなお嬢様に惹かれた俺。
なんて滑稽、なんて哀れ。
「この火事は、誰のせいですか。」
その答えを、教えて欲しいわけじゃないのに。
「逃げましょ、ノルン。火の手がそこまで迫ってるわ。」
ぐちゃぐちゃになった心が、
パキパキと音をたてる。
「……はい、お嬢様。」
俺はまだ、
──…ノルンは素敵だもの。きっと、いつか素敵な女性に出会えるわね。
──…どうっすかね、俺は所詮、平民なんで。
──…素敵な人に巡り合うのに貴賤は関係ないわ。
──…へぇ、じゃあお嬢様も?
──…私には殿下が居るもの。もしも、なんて考えたこともないわ。
あの日の笑顔を、
──…ココに食に困っている子どもたちが居ると聞きました。少し、お話をしませんか?
忘れられずにいる。
──…お怪我はありませんか、妃殿下
自分の手を血で染めてでも
──…助けてくれてありがとう、ノルン。
貴方を守ると誓った、あの日から。
お読みくださり、ありがとうございます
感(ー人ー)謝