愚かな復讐者。
10年前、オレは深い森の中にいた。
戦場で散った父の跡を継ぎ、子爵になった日から数年、隣国からの侵攻を二度防ぎ、その恩賞として美しい妻も得る事が出来た。
もともとは王宮のメイドであり、無口で感情も薄かった妻は領地に来るまで表情も変える事は無かった。
何日も一緒に食事し何日も話かけ、ようやく少し笑うようになった妻は私に話してくれた事。
彼女は王のお手つきだった。
国王が夜伽を命じ、飽きられて捨てられた。
王妃の進言で『殺すより、配下に下げ渡せば王家の役に立つ』と、辺境の貴族に下げ渡された。
私の事は獣のように恐ろしく、血と戦いと殺戮を好む鬼のような男、そう聞かされていた。
だが実際は違った。
王家に忠実で勇敢で優しい男性、私が怯え身体を堅くしたら少し髪を触るだけで部屋を出て行く、そんな男だった。
何日も森の話や動物も話、空や鳥の歌を話しかけ、獣のように襲い掛かる事の無い夫だった。
二人の間に娘が産まれ、その娘は二人には無い特徴があった。
[金髪]国王と同じ金の髪だ。
金と白銀が混ざった美しい髪、茶髪のセアルティと銀色の髪を持つ妻の間に金髪の子供、二人は我が子を隠し、大事に育てた。
そして彼女が6歳になった頃、セアルティは領地の森に隣国の兵が侵入したと報告を受けた。
・・・・・・・・・・・・
「・・確かに報告どおりだ」
数は20~30、こちらは50人。場所も報告どおりの場所に集まって馬を休ませている。
(経験上、味方の報告と全く同じ状況ってのはあり得ないんだが・・)
なにか引っ掛かる、それは戦場の指揮をまかされた事のある者にのみが解る違和感。
罠の気配だ。
「セアルティ様、ヤツ等は油断しています!今がチャンスです!」
目の前にぶら下げられた餌に飛び付きそうな兵士が進言いする。
確かに油断している様に見える、だが・・・
「ここで行かなければ、ヤツ等は森に散って姿を眩ませてしまいます!
そうなれば王国にヤツ等が入り込んで、一体なにをするか解りません!」
「確かに・・それも、そうか」
ここで敵兵を逃がせば、国王様に報告しなければならない。
(見付からなければ、知らぬ存ぜぬが通じるだろうが。目の前にいて逃げられた、などと他の貴族達に伝われば貴族の恥だな)
娘も産まれ、いつかは社交界に出してやらねばならない。そんな時に父が臆病者だと噂されては娘が可愛そうだ。
オレは槍を持ち、皆にも突撃の準備をさせた。
30対50、正面衝突しても勝てるだろうが、不意をつけば無傷での勝利も狙える。
「音を立てるな、こっちは森の中だ、木に馬をぶつけるなよ!」
走り始めたら早いのが騎兵だ、真っ直ぐ突撃し敵の陣形が整う前に踏み潰し、槍で突く!
一撃離脱と一撃転身!相手の騎兵が馬に乗るまえに!!!
「な?!」
オレに付いて来たのは15騎ほど、なぜか残りの兵は森のなかで立ちどまっていた。
「馬鹿が!」馬が木の枝を恐がったのか?それとも号令が聞こえ無かったのか?
一度走り出したら止らない、それこそが騎馬の戦術、。
15対20でも一撃ぶちかまして蹴散らす!ヤツ等の叱責はそのあとだ!
オレと部下達は油断する敵兵に突撃し、そしてヤツ等を蹴り飛ばし踏み付けた!
「な?貴様!?」敵兵の1人、男が私を見た。
そいつは自らの家の紋章を削ってはいたが、我が国の侯爵の男だった。
家を継げない3男か5男か、そんな男だったと憶えている。
「待て待て待て待て!!!!」
おれは混乱し、声を上げた。
相手は家長では無いが侯爵家の者、それがなんでこんな所に?
(捕縛?それとも見逃すべきか?敵国の兵?どうなってる?)
「我らはトランク侯爵の者!
子爵に国家への反乱の意思有りと聞き監察に及んだ、すでに書簡は送られたているはず、これは如何なる事か!」
旗も揚げず他家の領地に入り込んだ男が声を上げた、本来ならそんな無礼は許されるべきでは無い事だ。
「反乱の意思?なんの事だ?なぜ旗を上げずにこんな場所に?」
「この場所を指定してきたのはそちらだろう!旗も領民が恐がるからと!
ぐがっ!!!」
ヒュン!
森の奥から放たれた矢が、侯爵子息の喉に突き刺さり、喉から赤い血が噴き出す。
致命傷だ、直ぐさまオレは森に反転し、犯人を捕えるべく声を上げる。
「まっ待て!」と、だが。
オレが森に声を向けた時、すでに矢は空を舞い、オレ達に降り注いだ。。。
(あの時、放たれた矢は30じゃなかった、これはどうなってるんだ?)
足・背中・腕に刺さった矢、馬も傷付き暗闇の森を転がり逃げた。
(侯爵の男は死んだ、オレを殺す意味は無いはず。
オレは今までも、これからも王国に忠誠を誓う、だから狙いはオレじゃない。。。)
馬で1日、徒歩で3日、オレは自らの屋敷に戻る為に昼も夜も歩き続け、事態の詳細を知るために歩いた。
・・・・・・・・・・
妻がいた、瞼を切られ目を開かされた妻が張り付けにされ、腹を裂かれて私を見下ろしていた。
「この地の領主は、王の子を宿した女をかどわかし、王家の血を持って国家転覆を画策した!
この女は王の庇護に有りながら国王を裏切ったのだ!」
逃げ隠れしているオレを探す為、この場に現われるであろうオレに助けを求めさせる為に瞼を切られていたのだ。
腹を切られても即死しなかった妻は、声を殺し目を動かす。
オレを目で写し、そして・・・
小さな箱に目線を向けた。
“ああ、そうか・・”
娘の首、30㎝四方の箱、美しかった娘の髪は無残に切られ、小さい箱に詰められている。
沸騰した血が痛みを掻き消し、怒りが全ての疲れを燃やし消した。
がぁ・gぁえガッァァわぁ!!!!!!
狂った獣の咆哮、自分の顔に張り付くのが返り血なのか涙なのかも解らない。
ただ殺し、ただ引き裂いた。
目に写る兵士し全てを壊し尽くしたとき、私の胸に彼女がいた。
死の直前でも瞼を切られて目を閉る事もできず、美しい顔を私の胸に顔を埋め、「顔は、、、見ないで、、、幸せ、、、、、でした」
「ああ、オレもだ、お前のように美しい妻を持てて幸せ者だ、愛してる、お前は今もこれからもずっと美しいままだ!おれはお前を!お前の美しい笑顔を一生忘れない!」
オレは彼女を強く抱き締め、彼女の腕にも力があった。
そしてその手の力が抜けた時、彼女は事切れた。
オレは彼女の身体を背負い、娘の首と共に闇に潜った。
彼女は貴族の血を引いていた、彼女の祖母は西にある小さな貴族の出身で、その祖母の髪は美しい金の髪だった。
オレの娘はオレと彼女の子供だった、なのに何故だ!
追い払った国王の元妾が辺境で幸せにしている、それが王妃の逆鱗に触れたとも聞いた。
そして自分が、若くして他国の進行を何度も防ぎ、騎士達の憧れになっている事も原因だった。
若くして子爵の後を継いだ辺境伯、そんな男にたいする王の嫉妬、そこに付け込んで私を排除しようとする貴族達。
全ての禍根を無くすため、それが王族どもがオレ達家族の幸せを踏みにじった理由だった。
・・・・・・・・・・・・・
「お前は、どこまで知っている」
「・・・お前が口に出来る事全てだ、それ以外は知らんし、聞き出すつもりも無い」
オレと同じ、目に闇を宿す少女がまばたきもせずオレを見つめている。
「なにが目的だ」
王族はこんな子供に何をした、オレに何をさせるつもりだ。
オレはいつも解らない、オレが解った時には全てを失っている、愚かな男だ。
そんな男に何を求めているんだ。