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クマの事情。

 テリー人形が部屋から出て行って3日、私は日記帳と鍵の付いた机を手に入れた。


「ルージュにもそろそろ机が必要だろう」

 父が用意したのは白く塗られたロココ調の優美な机、金と緑の蔓文様の高そうな机だ。

 そして日記帳の方はメイが持って来た鍵付きの分厚いヤツだ。


「ありがとうございます!」私は笑顔でそう言った。


(鍵付きの日記帳か・・懐かしいな)

 鍵は二つ、私に『鍵はお無くしにならないように』と渡した日記帳は、メイが秘密を覗き見る為の物で、もう一つはメイが隠し持っている事を私は知っている。


(バカが、必要なのは書き残す為の紙なんだよ) 

日記のページを1/5千切り、そこからは作業だ。


 私は隠したシーツをベットの裏から引っ張り出し、時系列を整理しながら書き写す。

 もう何度も繰り返した作業だ。

 忘れている所を埋めるように思い出しては書込み、思い出しては日記のページを千切る。


 6歳の子供が日記に飽きてページを千切って遊んでいる、普通の大人ならそう思うだろうし、今までは実際そうだった。


「え~~と、今日はお父様に素敵な机を戴きました、とても白くて綺麗な机で・・・」

数行の日記を書き、ページを閉じる。


(怪しまれないように、適当に書いておかないとな・・チッ面倒くさいが・・ああ、少し字も間違えておかないと、か)


 子供らしい字と子供らしい文字の間違え、その上から線をひいて、スペルを間違えて訂正する。

本当に面倒くさい。


 下らない作業を終え、本来の作業に戻る。

 シーツに書かれた記憶を写す度、[私]の記憶が鮮明になってくる。

 何度も何度も書く度に、この私が忘れていた何十回もの絶望が降り注いでくる。


・・っ!

 字が滲む、紙が水で、私の涙で濡れてインクの文字が広がって紙の色を変える。


(何だってんだよこれは)

 どうやっても絶望しかない未来、どんなに抵抗しても破滅する私の未来。

 書き出す度に恐怖が心臓を掴んでくる、[私達]が運命に抗い、敗北し、一人死ぬ。

 そんな記憶が次々と蘇ってきては、身体に幻痛が蘇る。


「っ・・」

 違う、これは私だけど私じゃない!


 ねじ曲げられた指、指先に錆びた針を押し込まれ、堅いペンチで爪を剥がれた痛み、指をペンチではさまれ捻られ折られた指の痛み。

 祈っても祈っても、暗闇の牢獄、教会の地下には神の声も慈悲も届かない。


 私を殺す世界に抵抗し、失敗した私の末路は地獄。

 恐怖と幻痛を噛み殺し、私は私の為に武器を作る。

 この1枚、この一行の未来の記憶が私の武器となる事を私は知っている。


・・・・・・・・


 幼いルージュが震える指を押え、記憶を遡り未来を書いている時、この屋敷を徘徊する存在がいる。

 テディ、そう少女に名付けられたクマのヌイグルミの中身。


「女の子の日記を覗くもんじゃないよな」


 自分の生み出したゲーム[princess、bride フリージア魔法学園へようこそ]

 主人公である白い乙女を取り巻く王子達の物語、そのライバル・敵役として誕生したルージュ。

 彼女は高い地位の貴族として主人公の前に現われ、王子達を誘惑しハッピーエンドを邪魔する存在だった。


 貴族の仲間達を使い、あらゆる嫌がらせを行い最後には糾弾されて学園を去って行く。

ラスボスにもなれない序盤の敵だ。


(けどボクが本当に作りたかったゲームはそうじゃ無い!

 登場人物みんなが幸せで、学園みんなで力を合わせて世界を幸せにする、そんなゲームが作りたかったんだ)

 

 けど容量の問題・期日の問題、テキストの進行、色々あって卒業までの物語になってしまった。

 2流・3流のゲームだ。10年以上前に作ったとは言え駄作。

 凡庸な、主人公の白い乙女を気持ち良くさせる為だけの、プレイヤーを気持ち良くする為だけのオ〇ニーゲームだ。


 ボクが学生を卒業し、最初の頃に作ったクソゲー。それが今ボクがいるこの世界。

 最初のシナリオではシルビアとルージュ、白い乙女と赤い乙女、彼女達は和解して親友になる。そして本当の困難に立ち向かう。

 王子達もただの飾りじゃなく、強く格好良く知的で凜々しい少年達だ。


 二人の乙女達を守り、力を貸し協力して国を守る二組の恋人達と親友達、そんな設定だったんだ。


『でも、そんなのつまらないでしょ?』『ダブルヒロインか・・発想は面白いんだけどね~~』

その分シナリオもプログラムも選択肢も増える、立ち上げたばかりの新しいゲーム会社だったあの頃はそんな余裕は無かった。


『あれだよ?ユーザーが気持ち良くなってくれてゲームが売れたら良いんだよ。いいじゃないかマスターベーション、それでお客様が気持ち良くなってくれたらさ』そう上司は言って笑った。


 当たるか当たらないか解らない、乙女ゲームという当時主流で無いゲームにそんな予算も製作期日も与えられなかったんだ。


 そうして16年、気が付いたら身体に蓄積した疲労で倒れ心停止。

 シナリオライター兼プログラマーの1人が過労死した、その程度の良くある話だ。


 本当につまらない、本当につまらない人生だった。

 そんなボクが目を覚ました時、この屋敷の中にいた。

 虚ろな姿で物も触れない存在、幽霊として。


 ボクはなんとかして彼女のヌイグルミに入り込み、そしてもう一人のヒロインである彼女を救いたかった。

 これが夢かそれとも、ボクはまだ生きていてただの走馬燈なのかも解らない。

 でも今度こそ救って見せるんだ!


・・?『今度こそ?』・・なんだろう、ボクは死んでこの世界に来たばかりなのに既視感?


 違うよ、この身体がヌイグルミだから、幽霊だから記憶が曖昧なだけだよね。


 シルビアには悪いけど、ボクはルージュに味方させてもらう事にした。

 主人公補正の入った無敵の乙女、彼女と並んで立てる完璧な乙女、それがボクの目指した赤い乙女の姿なんだ。

 だからボクはルージュを補佐して、ちょとだけズルしてでもこの世界も乙女達も王子達も、みんな幸せにしてみせるんだ。


「だよね?」

「・・・・」

 ボクが日記を用意する為に、あちこち屋敷をウロウロしてたら遭遇したメイドさんの幽霊は床に俯いたまま憑いてくる。


 彼女はこの屋敷で死んで、廊下で留まっていた所を仲間になったボクの友達だ。

 自分がなぜ死んだのか・何をしていたのか、それが解らず、ただ自分がメイドだという事だけは憶えていた幽霊さんだ。


 彼女と屋敷をウロウロして、この屋敷にいたいっぱいの幽霊達と友達になったボクなら、きっと幽霊なボクでもルージュを手助け出来る筈。

 そう思ったんだ。

なんで沢山の幽霊が屋敷に?

そうだよね、歴史のある権力の足元には虐げられた死体がある。

権力の高みとは、その積み上げた弱者の数で決まる。

その事を平和な国から転生したクマちゃんは知らない。


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